第66章 眠らざる者たち
そりゃ余裕がないわけだ。あんなに金を使っていたら働いても働いても足りねえ。
妊娠できない体と初めて打ち明けられた時、治療をするのはどうかと提案した。辛い道のりと聞いたことがある。何でもするし支えるから、と言った。嘘はねェ。けれど、金銭面の目処が立たないと、申し訳なさそうに言われた。
ああ、知らなかった。そういうことだったのか。何も知らなかった。そりゃそうだ。不妊治療も受けられねえだろう。あんなに母親に金をやってたんだ。一人で、俺には黙って。
気づいてやればよかった。もっと早くに。
勤務していた会社を辞めて独立すると理由が、『給料が低いから』と言われた時。大学時代、延々とバイトに打ち込んでいた時。
母親は学生の頃からアイツに金をせびっていた。俺は何も気づいてやれなかった。
「……俺は、何をしてたんだろうなァ…」
おはぎにそんなことをこぼしたところで何もならないのに、言ってしまう。
「我慢してばっかじゃねえか、秘密ばっかじゃねえか、何で俺はいつも遅いんだ」
どうにもできないことがある。過去は変えられねえし、今の状況じゃあアイツに何もしてやれない。
「にゃあッ!」
俺が俯いていると、おはぎが甲高い声をあげた。
何事かと顔を上げる。
「にーーー…グルルルル」
虫でもいたのかと思った。けれど、何もいない。
「どうしたァ」
手を伸ばしてやると、俺のことなんてそっちのけで机から飛び降り、ピューっと部屋を出て行った。
あんの野郎。が寝てる間に大きくなりたがって。
何なんだよいったい。
おはぎはリビングに向かってソファーの上に登った。
「おい」
声をかける側からソファーをガリガリと爪で引っ掻き出す。最近よくものを引っ掻いたりかじったりしていて、調べてみるとストレスが原因らしい。
ソファーから離すと暴れさせろと言わんばかりの剣幕を見せる。
「……わかる、わかるぜ。寂しいよなァ。」
俺はぎゅっと抱きしめてやった。そうすると、おはぎは決まって大人しくなった。
この部屋にいるべき人間が一人いないだけで、猫も俺もかなりのストレスを感じていた。