第61章 大正“幕引”ー中ー
私は無一郎くんを抑えるようにまた更にぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫です無一郎くん!!私が何とかします!!今お医者様のところに連れて行ってあげますから!!」
私は無一郎くんの小さな体を抱き上げて、屋敷を飛び出した。
ええと、ここから一番近いのは。
確か、田んぼの向こうの小さな診療所。
あそこのお爺様ならきっと診てくれる。
私はそこめがけて走った。
診療所で苦しむ無一郎くんを診てもらうと、気つけ薬を渡された。それを飲んで休む間に、無一郎くんはすっと正気を取り戻した。
それにほっとして、私は無一郎くんをだきかかえて来た道を戻った。先生のお爺様には礼を言った。
「……良かったです、大事がなくて。」
「…すみません、…何か………夢を見ていた気がするんですけど、思い出せないです。…すごく、なんか、嫌なキモチになったんです。」
「……。」
私はふっと微笑んだ。
「大丈夫。大丈夫ですよ。美味しいものを食べて、また頑張りましょう。」
「…。」
無一郎くんがぎゅっと私にしがみついてくる。
「夢は現実にはやってこないのです。嫌な夢でも…幸せな夢でも。だから、もう大丈夫ですよ。」
「……。」
無一郎くんは、瞳を私に向けた。そらすことができず、久しぶりに目が合った。
「…現実には……師範がいるから、僕、目が覚めて良かったです。」
突然そう言われて、私は戸惑ってしまった。
?良かった?私がいて?
その言葉を完全には理解できなかったが、私はにこりと笑った。
『嬉しい言葉でした』
『あなたがいて良かったと、生まれて初めての言葉をくれました』
『こんなにも嬉しい言葉があると、私は知らなかったです。』