第7章 彼方の記憶ー霞まぬ日の出ー
その知らせを受け、動揺した心のまま縁壱は走った。
心が常日頃から穏やかな彼をここまで動揺させるのは、かなりのことであった。それはいくつもの要因が重なりあっていた。
鬼舞辻無惨を仕留め損なったこと。珠世という鬼のこと。
兄が産屋敷の当主の首を捧げ、鬼になったこと。
兄が、継子である阿国に深傷を負わせたこと。
「阿国」
縁壱は彼女がいるという部屋に入った。
彼女の側には、産屋敷の長男が放心したように座り込んでいた。
「阿国…」
それにかまわず枕元に駆け寄る。
その容態を見て、縁壱は言葉を失った。
手がない。阿国の、小さくて、綺麗な、左手がない。包帯に包まれたそれは明らかに欠損を表していた。
綺麗な、顔が見えない。顔の右半分が布と包帯で覆われていた。
恐る恐る、阿国にかけられていた布団をそっとめくった。
「…これを…本当に兄上がやったのか…」
信じられなかった。
顔から首、首から肩、肩から胸、胸から腹、腹から太もも。
大きく斬られたようだった。縁壱にはそれが見えた。三本の大きな傷が彼女の体に見えた。
右目はもう二度と何かを写すことはないだろう。完全に傷がついている、失明だ。傷つけられた右耳もうまく聞こえないだろう。
左手はもうどこにもない。何もできない。
包帯に血が滲んでいる。いつも花の香りのする彼女から、腐敗臭がした。
そっと傷口に触れると、阿国はひどく冷たかった。
「……もう……包帯も…手拭いもないんです…」
産屋敷の長男がやっと話し始めた。
「……阿国は巌勝から僕を懸命に庇って、このように…」
彼の傍らに、刀があるのが見えた。
月の形を模した鍔がある、阿国の刀だ。
破損なんてものではない。木っ端微塵というように砕かれていた。
巌勝は襲撃の際はまだ人間であったはずだ。それなのに、これは…。
よほどの憎しみがあったようだった。阿国に対する、憎しみが。