第50章 大正“浪漫”ー弐ー
心臓が嫌にはやく動いていた。
再び文字をなぞる。
「きりさめ……おくに………」
阿国。
それって、私の夢に出てきた…。
『“霧雨”の名が巡っている。』
桜くんの文字が続いていた。
『このことは誰も知らないのが一番だと思う。だから言わない。秘密。』
“秘密”
また“秘密”だ。
私も秘密を抱えて生きていた。
秘密ってのは、どんだけこの世にあるんだ。
『霧雨阿国は初代の霞柱だった。全てを知った今、書き記しはしない。誰にも見つけてほしくない。資料は全て削除した。産屋敷はこの事実を知っているみたい。
これを知るのは隊士で僕だけ。秘密はお墓まで持っていくのが良い。以上。』
霧雨阿国の名前は、もう出てこなかった。
私はもう読むのをやめた。
どういうことだ。始まりの剣士がいたのは戦国時代…。霧雨家は華族だ。言ってしまえば貴族で、江戸時代は武家で…。
家系図も見たことがある。霧雨阿国なんて名前はどこにもなかった。そもそも霧雨家は戦国時代には存在していない。鬼殺隊のこと鬼のことも呼吸も私は知らなかった。
霞の呼吸を覚えたのは、一番最初に見た呼吸だったから。目で見て、感じて、体で覚えた。私に刀を教えてくれる人はいなかったから、私は…。
何がどうなっている?
何で桜くんはこれを知って私に黙っていた?
夢…そうだ、夢。夢の中で阿国は水に写る自分の顔を覗き込んだ。その顔が私に似ていて、ビックリして、それが私は気持ち悪くて、パニックになって吐いてしまった。
そうだ。阿国の顔は私に似ていた。特に目が瓜二つだった。色も形もだ。
「………まさか」
私は、二ヶ月後に黒死牟に殺されて死ぬ。
黒死牟は、繰り返し叫んでいた。
阿国、と。
夢の中に出てきていた始まりの剣士の一人の霧雨阿国が私の祖先ならば。黒死牟…継国巌勝とも関わりはあっただろう。
私を憎そうに見てきた。阿国が…そうだ、阿国が斬られたあの夢。あの時、阿国も私のようにすさまじい憎しみを向けられていた。
まさか、あれは継国巌勝が…。
「どういうこと?」
声に出しても誰も答えない。
死人に口なし、だ。
桜くんはいない。秘密を見事に墓まで持っていったからだ。
やっぱり、君は強くてすごい人だ。