第38章 従兄弟の記憶ー怒りー
「氷雨くん」
あなたはずっと笑っていました。
笑う以外の表情が出来ないと、そう言っていました。
私は従兄弟であるあなたを本当に大切に思っていたのです。
家族というものは、例えどんなに離れていても、固い絆で結ばれ、確かに同じ空の下で、お互いを思い合うものだと…。
恥ずかしながらそう信じていました。
ですから、あなたが父親を殺したと聞いたとき、私は素直に驚きました。
いえいえ、私は氷雨家の人間ですから霧雨家のことには詳しくないので、責めるつもりはないのですよ。けれど、ね。
……なぜ?
なぜ虫の一匹も殺さないような、可憐で華奢な女の子が大の男を殺せたのでしょう。
いや、理由は知っていますよ。最低なことをした父親だと思います。彼女のしたことはその上をいきますけど。
本で殴って殺したと言いますけど、わずか10年ほどしか生きておらず、ろくに世話もされてこなかった筋肉もほとんどない痩せ細った女の子が、そんなことできますかね?
それに、父親を殺し、母親に捨てられ、挙げ句、その体で身籠り……。
“まとも”な心でいられるとは思えない環境。そこに身を起きながら、あなたは、なぜそうも自我を保っていられるのですか。
恐ろしく空っぽでした。
あなたは、本当に空っぽな存在でした。
何をされても動じず、感じず、うろたえず。
私はそんなあなたが心配でした。
鬼殺隊で幼いながらに刀を握り、柱として前線に立ち、その体を血で濡らす。
まるで人形のように、あなたは笑ったまま。
血だまりの上に立ち、笑って、刀を握り、あなた自身も血を流し。
「鎹烏」
恐ろしいくらい美しく、声も小鳥のように柔らかく、それがまた虚しさを引き立てました。
あなたは自分の元にやってくる烏に、顔色ひとつ変えずに言うのです。
「次は、どの鬼を殺せば良いのですか?」
あなたはまるで鬼殺のからくり人形みたいだ。
この子は、本当にこれで良いのか。
この子の行く道は、これで良いのか。
けれど、ね。
私は。
……たった一度だけ、あなたが怒っているところを見たことがある…。