第30章 旧風柱の記憶ー未来の風ー
「…はい、これでもう大丈夫ですよ。」
蝶屋敷に運ばれた時は生きた心地がしなかった。
ただでさえ人見知りなのに、無駄に距離の近いこの女の子に治療をされるなんて拷問みたいだ。
「…ありがとう」
自分よりずっと年下の女の子にボソボソと礼を言い、さっさと治療室を出た。
大体大袈裟なんだ。少し任務中にへまをして、地面に手をついたときに角度が悪くって指の爪が剥がれただけなのに。わざわざ治療なんて…。
「ダメですよ、優鈴」
僕の心を読んだように、ここまで連れてきた子が言う。
「私達は長生きしないといけないのです。鬼を根絶やしにするためには適切な治療を受けなくては。」
後ろに手を組んで、少し前のめりになって言う。
僕の唯一の同期は本当に綺麗だと思う。顔は整っているし、体は華奢ですらりとしている。料理が破壊的なところとか、皆が思っているほど“ちゃんと”した人間でないことを除けば、素敵な女の子だ。
「生爪剥がれただけで大袈裟。僕、胡蝶さん苦手なんだよ。距離が近くてさぁ、困るよ。」
そそくさと立ち去ると、もついてきた。一つ聞きたいことがあったので、僕は尋ねた。
「そういえば、桜くんの墓参りできた?」
桜ハカナ。同僚の、そこそこ付き合いのあった子。あっけなく死んじゃったんだよね。
は笑ったまま言った。
「ええ。彼の両親がよく墓守をされていて、綺麗でした。」
「そう。」
上弦の弐…だったっけ。
桜くん、可愛くて頭良くてすごくいい子だったのにな。
まさか死ぬなんて。だって強いんだもん。すばしっこくて、不意打ちがすごくて、力こそあまりなかったけど、あの雫波紋突きは今でも夢にみるくらい怖かった。