【鬼滅の刃】モブ隊員メモリー【オリジナルストーリー】
第3章 綴命の出会い
「うちに来ないか」
簡潔に述べられたその一言に私は目を丸くした。初対面の子供に対して「家に来い」だなんて言う人は普通いない。居るとすれば其は殆ど邪心から動く者であろう。
だが、不思議とこの人が邪な気持ちで動いているようには見えない。凛とした表情と声で振る舞っているからだろうか。邪念が全くと言っていい程感じられない。然し知らない人に着いていくのが危険で有るのも事実であって、この人が悪い人じゃないというのも単なる勘なのも考えると…。
そう考えて顔を歪ませている私を見て、その男の人は「嫌なら勿論構わない、選ぶのは君だ」と落ち着き払った声色で言い放つ。其でもやはり不安感は拭い切れずじっくりと考え込んでいる私に、その人は溜め息を一つつく。
「取り敢えず考えておいてくれ、君が決められたのならまた…」
「…ッ、ま、待って!」
「おっと…」
私は反射的に引き留めの言葉を放ち、立ち去ろうとしたあの人の腕を掴んでいた。
こんな、命の危険に晒され続け、誰彼からも蔑まれ、踏み台にされる生活を続けるくらいなら。心からそう思った私は再度、お腹に力を込めてこう叫ぶ。
「私を連れていって!… もう嫌、こんな風に生きるのは嫌!」
其を聞いた男の人は、暫くの間苦虫を噛み潰した様な表情をした後に、静かに「…分かった」と呟くと私の手を引き立ち上がるように促した。
言われるがままにふらつく足と体を何とか巧みに動かして立ち上がれば、私が立ち上がったのを確認したその人は引いた手を固く握り締めたまま歩き出した。そして私は其に覚束ない足取りで着いていく。握った手のひらはとても暖かくて、心が少しずつ解れていくような感じがした。
「…あの、おじさん、どうしてわたしを助けてくれたんですか?」
「理由なんてない。そういう気分だっただけだ」
私が何故自分を助けてくれたのか、を尋ねると、その人は相変わらずの堅い表情でそう言った。だが、声は先ほど私から簪を奪おうとしていた人を厳しく諌めていた人と同じ人物とは思えない程優しくて。
きっとこの人なら大丈夫だ、そうすっかり思い込んでいた私はこの人が抱えていた苦悩など知る由もなかった。