第1章 Can't take my ayes
大学での講義が終わるとすぐに電車へと飛び乗り、友人のいる小笠原ダンススタジオへと向かった。
重さのあるリュックを背負い直して、走った時に乱れた髪を手ぐしで整える。しばらく電車に揺られるだけでスタジオに到着するのを考えると頬が緩んでくる。
駅名を告げる車掌の声にならって、電車が止まり扉が開いてから足を外へと向けた。車内から出ると、肌を冷たい風が撫でていく。もう冬が来ているのだ。
イタリアから戻ってきて数日経ち、授業の出席率と勉強の進み具合に不安を残しつつもギリギリ進級できるかなというところだろうか。……何はともあれ、次の試験はどれも落とせないだろう。
頭を掻き、私は見えてきたスタジオに意気揚々と踏み入った。
「こんちわー」
「ちゃーん! 帰ってたの!?」
きゃー! と走りよってくる環ちゃん。彼女が友人である。
「ただいま。流石にね、もう単位落とせないし……。ギリギリで生きてるからさ……」
「それで? 大会は?」
「トロフィーは取れました」
写真いっぱいあるよー、とスマホを取り出そうとしたところで、視線が降り注いでいることに気がついた。レッスンをしに来た生徒だろうと顔を上げて中を見やると、見慣れない顔がいた。
縦横無尽に生えた黒髪と、男の子にしては少し小さめだろう背丈、まん丸の瞳でこちらを見ている。シャドウ練習をしていたようで、手が空中で上がったままピタリと足も止まっていた。
私の視線に気がついた環ちゃんが、耳元でこそりと教えてくれる。
「富士田多々良くん。新しく来た子なの」
面白い名前だ。
タタラくん。
手を振ってやると、同じように上げたままの手でヒラリと返してくる。そこでハッと気がついたのか、慌ててボックスを踏み始める。まだ始めて日が浅いのだろう。いったい誰に教えられたのか。
「良かったね、生徒さん増えて」
「彼は仙石くんが連れてきたの」
「へぇ、仙石さんが……」
珍しいこともするもんだと感心したすぐあとに、はたとその意味を知る。
「ということは、仙石さん日本にいるんだよね」
「……そうなるわね」
「今は会いたくないなぁー」
思わず本音がもれる。
環ちゃんが小さく笑った。