第1章 その後のはなし
「向こうに落ちた!」
「お社の方だ……」
「匡平はどっちに落ちた!?」
「ああ……案山子が……」
騒がしい言葉の中を掻い潜り、はパラパラと零れるように落ちていく紫色を見ていた。肥大した暗密刀は色素も所々薄くなり、脆いクッキー生地のように空中でポロリと割れては風に煽られるようにして、静かに落ちていく。
あの高さじゃ助かるまい、と諦めの言葉を口にする年配の男どもに舌打ちをかまし、お社の裏へ落ちていく暗密刀の破片を頼りに駆け出した。
案山子があれば、空中で二人をかっさらう事もできたのに、今は非力なこの足で走るしかないことがもどかしい。すぐ近くの距離なのにとても長いものに感じられた。
阿幾の無事をこの目で確かめるまでは安心などできはしない。
それもこれも全て自分の案山子を壊した阿幾のせいだと心内で詰るが、そんなことを今更言ったところで仕方の無いことだ。
周囲から人の声が消え、重い木の破片が舞い落ちる中、一つの大きな破片の中で転がる足を見つけた。どうやら真っ二つにはなっていないように見える。
息が切れる体を無理矢理でも動かして進め、日頃の運動不足を呪いながらも汚れたスニーカーをバタバタ鳴らしながら阿幾の近くに立った。
綺麗な銀色の髪が薄く汚れてしまっている。
顔や服も血まみれで、は胸が痛むのを感じた。
全く動かない彼を見ていると、もしや本当に……と思いかけたところで、ゆっくりと瞼が持ち上がっていき、ピタリと視線が噛み合った。
「……生きてんじゃん」
「いつ死んでるって言ったよ」
いいから起こせ。と持ち上げた片手を掴んで引っ張ってやる。
ふらりとよろける体を支える。嫌がるかなと思ったが、そんな力も元気もないようで、自ら寄り添うようにして全身を預けてきた。
「少し座る?」
「いや……」
声を落として、ふと周りを見渡す。
「ここ、アイツと出会った場所だ」
知っている。
ここで、阿幾の全てが始まったのだ。
に捕まっていた手をそっと離して、銀色の髪を風に靡かせる。太陽の光を反射して、きらきらと輝くそれに見惚れた。血が少なくなっているのだろう阿幾の顔はいつにも増して白く見え、不謹慎だがそれに髪の色がよく似合った。
何を馬鹿な事を考えているのだと自分に呆れ、過去に思いを馳せる阿幾に声をかけた。