第7章 ※梅雨籠の睦事※
霧雨のけぶる、ある日の午後。
「うーん。しばらく外に出れそうにないわね。昨日のうちに買い物を済ませておいて良かったわ」
硝子の窓を閉めながら、キリカはひとりごちた。厨房では火にかけた薬缶がしゅんしゅんと音を立てている。
棚から茶筒を取り出した。選んだのは薔薇の花弁が入った紅茶だ。茶葉を小さな杓子に掬い、温めた茶器に入れる。
薬缶から湯を注ぐと、昨日、町で買ったばかりの菓子を取り出した。たっぷりの蜂蜜と砂糖漬けの果実を練り込んだ西洋の菓子だ。包丁で丁寧に切り分けると、行儀が悪いと思いつつも一欠片を口に入れた。
(美味しい・・・)
洋酒の芳香が、口の中にふんわりと広がる。満面の笑みを浮かべたキリカは茶器と菓子を載せた盆を持ち、自室に向かった。
キリカに宛がわれている南側の一室は屋敷の中でも、ひときわ豪奢な内装だった。
天井の梁に吊るされた百合と薔薇の吊り灯。床の絨毯、凝った花と植物の彫刻が施された家具は舶来の品だ。
華族の姫君も及ばないような贅沢ぶりだ。華美だが悪趣味ではない。すべて、黒死牟がキリカの為に用意したものだった。
キリカは卓子の上に盆を置いた。書棚から読み掛けの雑誌を取り出すと、椅子に腰掛けた。
「・・・・」
手入れの行き届いた指先が雑誌の頁を一枚ずつ捲る。黒死牟に読み書きを習っているおかげか、雑誌なら難なく読めるようになっていた。
時折り、茶を呑みながらキリカは熱心に読み耽っていた。
雑誌では和洋問わず流行りの服装や髪型が特集されていたが、中でもキリカの目を惹いたのは洋装の頁だった。
「わぁ・・・」
ドレスという洋装にキリカは感嘆の声を上げ、目を輝かせた。
レースやリボン、薄絹や天鵞絨をふんだんにあしらった華麗な洋装の数々をキリカは食い入るように見つめていた。
(異国や華族の姫君は本当にこういうのを着ているのかしら。私も一度、着てみたいけど似合わないだろうなぁ・・・)
自嘲的な溜め息をつき、雑誌を閉じた。湯気が立ち上る茶器を片手に視線を外に向けた。
雨は先程より勢いを増していた。梅雨は始まったばかりだ。当分、雨が続くかと思うかと憂鬱極まりない。
小窓からは雨の匂いに混じって、くちなしの香りが流れ込んできた。