第2章 菜畑
「何でそういうこと平気でできるんですか。全く意味が分からない。」
マイペースな明穂さんは、赤くなった顔を逸らす僕など気にもせずまだゆっくりボタンをかけ続けている。
『芙季くんだから、いいじゃん。』
その一言に胸がざわつき、
僕は気づけば、被さるようにして彼女を壁際に追いやっていた。
「こんな事されても、俺だからいいって思いますか?」
彼女のだらしないシャツの胸元に手を伸ばす。
『…っやっ、だめ…』
「ほら、最後のひとつ。いつも貴女は足りてない」
全てのボタンを留め終えて手を引くと、彼女はいつもと違った表情でぼんやり僕を見ていた。
『……ずるい。ずるい、ずるい!どうして、お花や、野菜や、植物にはあんなに優しいのに。』
さっきのことも忘れてほんのりとした優越感にひたっていると、突然右腕が後ろに引っ張られた。
「!?」
彼女が細い指でちょこんと服の袖を掴んでいる。
僕がそれをやさしく払うと、彼女は潤んだ瞳で僕を見た。
『ねえ、だめなの。私じゃ、ダメなの』
「人間の面倒は見れない」
『わがままだってわかってるんだよ、でも一緒にいたいの』
「あんたには俺じゃなくてもっと世話焼きの優しい男が似合ってます」
とたんにぼろぼろと泣き崩れる明穂さん。
嫌なことをしたなと自分でも思う。
毎日部室に遊びに来て、僕に世話を焼かせて。
それでいて自分は、こっそり散らかった部屋の掃除をして、
何食わぬ顔でまた、芙季くんなんて話しかけてくるのだ。
「そこの棚の中、床のダンボール、窓際の植物に陽が当たるように僕がいない間開けたカーテン。貴方のスクールバッグの中には、ちゃんと替えの制服も入ってる」
言いたくも無い言葉を言いすぎて頭がショートしそうだ。一生分の拷問を受けたみたいな気分。頭がゆるく締め付けられるように痛んでいる。
『もう、来ないから』
ぐしゃぐしゃの顔をあげて、精一杯、下手に笑う彼女は、
放課後の部室に注ぐ夕日に照らされて、世界のどんな赤より、真っ赤だった。
でも、そうだな。
こんな赤い花なら、綺麗かもしれない。
なんて思ったのも束の間に。彼女は荷物を抱えて、足早に部室を去っていった。
「さようなら。もう二度と、ななこが僕の世話をしませんように」
彼女の居た机のそば。
窓辺のソレイロリアが乾いていた。