第2章 菜畑
シンプルなものが好きだ。
植物っていいな。僕達みたいに、いちいち相手の顔色を伺って社会に溶け込まなくていいし、
支柱に絡まることはあっても、植物同士の関係で複雑に絡まることは無い。
それに、ちゃんと手を入れてあげれば綺麗に育つ。
植物の成長を見るのが好きだ。
僕がちゃんと世話をしてあげた花が、野菜が、観賞用のパキラが、すくすく育っていく過程を見るのが好きだ。
花は萎むし野菜も腐る。観葉植物は放っておくとすぐ枯れる。
それでも美しいひと時のために僕は全力で世話をする。
綺麗だな、こいつたちは。
…でも僕は世話焼きなんかじゃない。
むしろ植物以外のお世話をするなんてゴメンだ。
なのに。
なのに。
『芙季く〜ん、ブラウス、汚しちゃった〜』
『ふうきく〜ん、きいてますか〜』
『芙季くん、芙季くん。菜畑芙季くん〜?』
「はあ…」
一体この人は毎日毎日、どれほど厄介事を持ち込んだら気が済むのだろう。
スクールバッグから予備のシャツを引っ張り出して、彼女の居るテーブルの前に押し付ける。
『ねえ、ちょっと。何その置き方?』
「ブラウスがどうとか言ってたから替えですよ」
『やだ。ここで着替えろってこと!?…えっち』
じゃあ廊下にでも出て着替えろ…と言おうとしたところで、ただでさえ面倒な扱いを受けているオカ研の部室前に半裸の生徒が…などと噂されてはたまったものではないと判断し、僕は席を立って、ぴしゃんと引き戸を閉めた。
「ここで待ってるんで早くしてください」
『あら、やっさし〜のね』
彼女…明穂さんに苛立つ自分がなんだか子どもっぽくて、そう思えばまた余計腹が立つ。
あの人、どうしてここにやってくるんだ。なんで、僕にこんなことさせるんだ。
「…理不尽」
ぼそりと呟くと、着替えを済ませた明穂さんが、〈ふうきくん、いいよー〉と声をかける。
『ぶかぶかだねえ、やっぱり』
またボタンをかけ違えている。
「何回言ってもダメですね」
『え?なにが?…はりゃ、いかんいかん。またやっちゃった。でももう、いっか。めんどくさいし』
「ちょ…!」
今度は僕の目の前でぷちぷちとボタンを外し、1つずつかけ直していく彼女に唖然として、
そして僕は思い出したように目を逸らした。