第3章 保田優哉
【カフカ】
雰囲気 仄暗 短文
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理想とは違った彼にちょっと呆れちゃったの、
わたし、彼のことどんなふうに思ってたの。
「ななこのこと理解してあげられなくてごめんね」
彼の言葉がナイフみたいに私を突き刺し抉る。
『もういい、何も言わないでお願い。 これ以上、傷をつけるのはやめて』
どうして。
そればかり。私と優哉の関係は。
明穂ななこと保田優哉のあいだには、何も無かった。
何も無かったのだ。
「騙したつもりは無かった」
『わたしだって騙されたつもりなんてなかった』
どうして。
あなたのすべて、わたしだけのものだと思ってた。
添い寝した時の優しい手つきも、
そっとかきあげた髪の毛の裏に光るピアスも、
抱きしめたあなたの体温も。
ぜんぶ、ぜんぶ、わたしだけのものだと思ってた。
『謝らないでね。』
そう言って彼の顔を見ると、
ああ、また知らない顔をしている。
どうして私の知らない顔をするの。
どうして、私の知らないことが増えていくの。
『優哉くん。今までありがとう』
「ななこ、あたらしい人が、いい人だったらいいね」
するりと手が離れていく。離れていく。
引き止めて。引き止めてよ…
あんなに大きかった大きな背中が
去っていく時にはひどく小さく見えた。
『でも、愛してたの』
ひとり、呟いてみるとぼたりと涙が地面に落ちて直ぐにかわいた。
私も、優哉も、こんなに、あっさり、終わっちゃうんだって。
わたしは自分の体を抱きしめて。
ゆっくり、地面に落ちていった。
*
初音ミクの「カフカ」を聞きながら書きました。