第9章 終の始まりの鐘が鳴る
昨日は、俺の誕生日だった。
ケーキもプレゼントも、バースデーソングも。どれも全て、本当に嬉しかった。
ディックは借部屋のベッドに寝転がり(ベッド以外は足のふみ場もない程、本と新聞で部屋が埋め尽くされている)、すみれからプレゼントされたハンカチを片手で持ち上げ、丁寧に刺繍された向日葵を眺める。
すみれに言われた言葉たちを、思い浮かべる。
『花言葉、知ってるよ。……知ってて、それ(向日葵)にしたんだよ。』
『自惚れていいよ…自惚れて、欲しいよ』
『お誕生日、おめでとう!
今日はディックが生まれてきてくれた日だから、私がどうしても、お祝いしたかったの。
生まれてきてくれて、ありがとう。いつも、私の側にいてくれて…ーーー』
“ありがとう”
すみれを強く抱き締めた事を思い出す。
(…細くって、折れそうだったさ。)
だけど、柔らかくて。暖かくて。
甘くて優しい、すみれの匂いがした。
甘い匂いに酔いしれて、思いのまま抱き締めていたかった。
ずっと、ずっと
あんな風に、すみれを抱き締めてみたかった。
が、
(…別に、すみれとどうのこうのなりたい訳じゃないさ。)
何故なら、俺はこの地を去るのだから。
(もし、俺がブックマン後継者ではなく、ただの“男”だったら)
すみれの恋人に、なっていたと思う。
そしたらすみれに愛の言葉をたくさん囁いて、甘やかして、これでもかってくらいプレゼントも贈って。
すみれに触れたいし、触れてほしい。
溶けてしまうくらいの熱いキスをして、俺だけのすみれにーーーー。
けど、
すみれもきっと、それを望んでいない。
すみれは賢い女だから、俺がこの地にずっといるわけではない事を、なんとなく察している。
だから、あの向日葵の刺繍はすみれの精一杯の気持ちが込められていたのだと思う。
(明日からは、いつも通りに…)
「……してやんなくちゃ、さ。」
と一人寂しく呟いた声は、誰にも拾われることはなかった。
すみれには今日、仕事が多忙のため屋敷に行けないと伝えてある。
(多忙というか、ジジイの指示待ちさ。)
ぼんやりと、仮部屋の天井を眺める。