第5章 4shot
「あ、ごめん俺だわ。出てくる。」
ホームボタン付きのiPhone片手に、石川さんが席を立った。
空席を挟んで、斉藤さんと私は取り残される。
マスターはいつの間にか、他のお客さんと話し込んでいた。
「カシスソーダの意味って、知ってますか?」
空のグラスを弄ぶ彼に、尋ねられた。
私は、知らないと首を振る。
「あなたは魅力的っていうメッセージが込められているんですよ。」
初めて知ったカクテル言葉に、私は「へぇ~」と相槌を打ちながらグラスを傾ける。
そして、何故そんなことを知っていたのか聞き返してみた。
「働いていた経験があるんです。」
予想だにしていなかった答えに、私は驚き目を丸くした。
そこからは何となく会話が続いていって、仕事の話以外に趣味について語っていたと思う。
「壮真、そまみさん、ごめん。ちょっと仕事で呼ばれちゃって、先に抜けるわ。」
スマホ片手に戻ってきた石川さんは、そのまま足早に店を出ていった。
カウンターの上には、律儀に一枚のピン札が置かれている。
「あれだと事務所からだろうな…」
気の毒そうに彼の後ろ姿を見つめる。
私は「声優さんって忙しいんですね」と、ありきたりな感想を述べていた。
「確かに、生活リズムがちゃんとしなかったりもしますね。」
苦々しく斉藤さんが微笑む。
「でも、やりがいはありますよ」
ニコリと笑ったその顔は、まるで女性のように柔らかかった。
「お二人さん、何かほかに飲まれますか?」
いつの間にか傍に居たマスターに、様子を伺われる。
チラリと斉藤さんの方を見ると、彼も同じことを考えていたようだ。
もう一杯、と私は新しいカクテルを注文した。
「界人くんのお金で、今日は気にせず飲めそうですよね」
いたずらっ子のように笑う彼へ、私はすぐに同意する。
カウンターの上にある諭吉が、今日はいつも以上に神々しく見えた。