第8章 距離感と興味【原作編(職場体験)】
「‥‥我々もできる限り、改善できるように全力を尽くすつもりです。ただ、状況が改善しない場合も‥‥、念頭に置いといてください。」
『‥‥え?改善しない場合って…』
正直考えたくもない話だ。思わず間違って聞こえたのかと錯覚するぐらいだった。
「酷な話になってしまって、すみません。‥‥現状言える事はこれぐらいです。詳しい事は‥‥後の検査結果次第、またお知らせします。」
『‥‥』
先生は事実として伝えるだけで、この話は終わる。知りたいと思ったのは事実だが、自分の想像以上に、ショックを受けている事に気づいた。
その瞬間、自分の中で、「嫌だ」という感情が押し寄せてきた。
この感情は、
ー私頑張って努力するから…行かないで…、お母さん
母が家を出ていく時に感じた感情とよく似ていた。
失くしてしまうのではないかという不安、
取り残されたくないと思う恐怖、
そして、私のせいですべてこうなってしまったのではないのか、という自己嫌悪、
気持ちの余裕はなく、折り合いがつけないまま、ただ辛い感情だけが取り残されていた。
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そんな気持ちを隠したまま、横になっているおばあちゃんに声をかけた。
『‥‥おばあちゃん、』
「‥‥ああ、ごめんなさいね。季節の変わり目だったからか、急に咳が止まらなくなってしまってね。」
『…‥、』
まるで何事もなかったかのように話す姿に、思わず詰まっていた感情が出そうになるのを必死で抑えた。一番大変なのはおばあちゃんのはずだから、
「どうしたの?」
『‥‥あ、ううん、今日はゆっくり休んでね、』
治療を終えたばかりだ。長話はあまりしない方がいいだろう。
「ええ、それと、轟くんにも謝っておいてくれる?彼と話している最中で私が咳き込んでしまったものだから、余計な心配をかけただろうし、」
『…‥うん、』
「…‥沙耶、」
心配しているのが目に見えていたのか、優しい語り口調で語りかけた。
「…心配かけてごめんなさいね。」
その言葉に私はなんと返せばいいか分からなかった。いくら考えても、彼女を救える言葉が見つからなかったのだ。
何より、
私自身、うまく笑う事ができなかった。