【HQ】喧 嘩 止 め た ら 殴 ら れ た !
第2章 夏に濡れ衣ぎを着させたい
「水田さん?」
なんでかはわからん。
ただ、顔なんか見えんはずなのに、なんでかその人が自分の知ってる人で、誰なのか分かった。
だから、去年もこの時期休んでたんや。しかも出席扱いの公欠で。
遠くからそう呼ぶと、水田さんは驚いたようにバッと振り返った。
絶対、見られたくなかった。そう言いたげな顔やこれ、俺知ってるで。この前の国語の授業で出た。
困惑と混乱と――――嫌悪や。
相手はやっぱり男やった。それも見たことないヤツ。多分稲荷崎生ではないと思う。
だからと言って、別になんとも思わんかった。彼氏なのか、それとも元彼だとか、そんなんべつにどうだってええし。元々俺はそんな詮索するタイプやないし。
でも一目で分かったんや。水田さんがここから、この場所から、コイツから抜け出そうとしてることだけは。
「いこう、皆待っとるで」
それだけ言って水田さんの腕を引いた。
「おい…ッ!」と後ろから声がしても俺は振り返らんかった。それに水田さんも足を止めなかった。なんか言われても止めんつもりだった。俺だって、巻き込まれんのは好きじゃない。
男はそれ以上追っては来なかった。代わりに、自分で引いてきたくせに、この後どう気まずい沈黙を破ろうとか考えとらんかった。
腕いつ離そう。ていうか流れで腕握ってしまったけどええんか? 後からまた北先輩に『痴漢されました』とか言われたら終わりやぞこれ。
怒ってんのか、それとも助かったと思ってんのか、恥ずかしいと思ってんのか、俺の中で推理戦が始まってた。
わずかに、鼻水をすする音が聞こえたのを俺は逃さなかった。
「……え?」と動揺が口からこぼれ落ち振り返る。先陣を切っていた歩みが遅くなった。
「泣いてないし」
「いやまだ何も言うてへんよ」
なんで? なんで泣いてんねん。もしかして怪我でもしてるんちゃうか?
そんな思考回路を回しとると、水田さんから「話、きいてた?」と少し鼻声気味に問いかけられる。
「いや、全く。近くのゴミ置き場にゴミ捨てに行っただけや。」
言うのを躊躇ったが「そのついでや」と小さく溢すと絶対いつもなら口止めして来そうなはずが、「そっか」と聞かれた内容を特に追及することもなく会話が終わった。