第6章 砥石が切れたみたいだから【エンカク】
その日の戦場の天気は奇しくも豪雨。視界はゼロに等しいものだった。
その中で、持ち前の視力と双眼鏡で高台から見下ろした先にある荒果てた地上は、瞬きをするとその内に雨をも凍らせる綺麗な一面の銀世界に変わっていた。それを高熱で溶かしては、既に雨に濡れた防水性の装備をさらに水で覆う。すかさずそこへ放つ高圧な電流は、敵の重装甲なんて関係のなく、生身の肉体をあっという間に黒焦げにしていった。
その様子に顔を歪め、ドクターは呟いた。
「さくらは本当に他の遠距離オペレーターと相性がいいな…」
「はい、ドクター。…でも、良かったんですか?最近、彼女を良く指名しますが…」
隣に立っているアーミヤがフードを深く被り直して言った。それにどうしようもない、と言うように溜息を吐く。
「さくらたっての希望だ…武器を手に入れたからもう戦えると。言っても聞かない…どこかの誰かのようだな…」
「それは誰の事だ?」
「ッ!!」
凛、とした声が背後から聞こえた。
バッ、と振り返ったドクターは、ここにはいるはずのないエンカクの姿を捉えるなり、瞳孔を大きく開いた。
「エ、エンカク…!?何故ここにいる!?今日は編成に入れていないぞ!」
「つれないじゃないか。俺を指名せず、あんな貧弱な前衛を出すなんて。なあ?ドクター」
「っ…うぐ…?!」
「ドクター!!」
エンカクはドクターの胸倉を両手で掴むと、その体が浮くまで持ち上げ、そのまま高台の外まで持っていく。手を離せば真っ逆さまだ。