第11章 過去
「俺、昔から母さんが怖かったわけじゃないんだ。睡眠障害になったのだって、そんなに昔じゃない。小さい頃は自分の部屋が俺の全てだった。そこに来るのは、母さんと父さんといとこ家族と家の執事と俺の家庭教師だけ。それが俺の世界の全てで、それ以外のことは何も知らなかった。あ、知識はあったよ。勉強は死ぬほどしたからな。でも、実物を見たことはなかった。だから、この生活が正しい、この生活こそが当たり前だって思ってた。思ってたっていうか、母さんがそう言うからそういうものなんだろうって信じた。母さんを盲信してたんだな。」
「前に、監視とか閉じ込めるとか言ってたのもそれか?」
「あぁ、そう。父さんは普通の考えの人だったから、母さんに反対したらしいんだけど、昔から体が弱くて入退院を繰り返してた父さんの言うことは全然聞いてもらえなかったらしい。父さんはいつも俺に『自由にしてやれなくてごめんな。』って言ってた。俺にとっては、その自由っていうのが何なのかわからなかったけどな。でも、父さんは俺に自由が何か、当たり前が何かを教えてくれようとした。それが北海道に行った理由だ。詳しくはわからないけど、父さんと士郎のお父さんがたまたま意気投合したとかで話して、お互いの息子たちが同い年って知って合わせようとしてくれたらしい。俺、生まれてから北海道に行くまでの7年間、一歩も外に出たことがなかったんだ。だから初めて見るものが多かった。」
椿は昔を思い出していた。