第38章 轍 *
主任はホテルの一件について一切触れて来なかった。
パーキングエリアに車を停車してからも他愛のない話で会話が続き、店の前では行列ではないが列を成した混み具合を伺わせた。
「大体1時間くらいかな。まあすぐだろ」
「そうですね。主任は結構、ラーメン食べたりするんですか?」
「ラーメンは月1回が妥当だな。普段は家で食べてることが多いし、まぁ…そうだな。佑都が…──」
「あっ!牛垣秋彦さんですよね!?ずっと応援してましたっ!!握手してもらっていいですか!?写真お願いしてもいいですか!?」
何気ない食事の会話だったが主任の目が一瞬揺らいだのを逃さなかった。
話しを遮るように主任に気付いた地方から来たという女性陣がキャッキャと騒ぎ立てる。
「芸能活動を退いてから月日が経ちましたが覚えていてくれて光栄です。こんな姿でよければ写真は全然構わないですよ」
「うっそマジかよ本物!?リアル格好良ぇ…。俺、最近あれ見ましたよ!!あのシリーズが一番好きでしたっ!!」
一人が声を掛ければ勢いに任せて列がぐにゃッと乱れはじめる。
主任は一人ひとり丁寧にお礼を述べており、芸能界を引退してもなお写真やサインにも笑顔で応じている。
仕事スイッチが入った主任の邪魔にならぬよう一歩下がり、見守っているとあっという間に待ち時間が解消された。
「なんかすみません…。俺、場違いなところを…」
「この店に連れてきたの俺だ。ああいうのは普通にある。コソコソ後ろで撮られるより正面切ってくれた相手にこそ誠意を向ける。俺のおすすめはしょうゆだが一口交換したりするか?」
「あ、いえ…。俺もお勧めのしょうゆでお願いします」
周りの目が気になってそんなことできない。
俺は、牛垣秋彦の何だと思われているんだろう。