第30章 注目の的
芸能界活動をしていた頃の
牛垣秋彦のことは
にわかにしか知らない。
画面越しに何度か見たことはあるが、
時間が経って
芸能人という職を捨てても
若々しく、完成されたパーツが保たれている。
髪を下ろせばもっと若々しくなるはずだ。
「紹介するよ。
今日から新しく配属された角湊くん。
こっちが主任の牛垣武明くん。
牛垣くんは見た目通り、
きっちり仕事もできる上司だから
色々教えてもらうといいよ」
「は…はじめまして。
角湊です。時期外れの異動となりましたが
一生懸命頑張りますので
ご指導よろしくお願いいたします」
声は何とか出せた。
ただ、
目を合わせられない。
顔が高熱をだしている。
好きとかそういう感情を通り越して、
ドキドキしている自分に腹が立つ。
「主任の牛垣だ。
今日からよろしく。
津曲課長、
案内してくださって有難うございました」
「じゃあ後は頼んだからね。
僕はこれでも忙しいんだ」
「恐れ入ります」
低音で放った声には艶があり、
淡々として冷たいようにも感じるが
丸みを含んでいる。
電話越しで聞けたら
さぞかし最高の一日になるだろう。
目を見ることはできなくなったから
聴覚を研ぎしましていると、
まさか
こんなところにも落とし穴があるとは。
(心臓うるさい……)
本当のイケメンは
声帯もイケボ化してしまうらしい。
のんびりと踝を返す津曲課長が
いなくなり、
ますます牛垣という男を意識する。
(くそ。目も合わせられないなんて
流石に失礼にも程があるだろっ。
さっきまで
長瀬のことで頭がいっぱいだったのに。
とことん厭きれる…。
この浮気性が)