第10章 時を越えて〜収束へ〜
景鏡が持って来たものとは、ある書状だった。
「中を確認してくれ。」
そう言う信玄を訝しげに見ながら、山雅は書状を開く。
読み進めた山雅の目が大きく見開いた。
「…これは。」
「顕如と朝倉景義がやり取りした書状だ。」
「そんなバカな…」
「信じられない気持ちは分かる。だが、それが今回の事の真相だ。こっちの書状には、顕如が手下に指示した内容が書かれている。」
そちらも目を通した山雅。
「ーーーぐっ!」
言葉もない。
山雅が見た書状には、
顕如と景義が結託して、織田軍の暴挙を偽装すること。
織田軍になりすました顕如の手下に上杉領地を襲わせ、織田と上杉の戦を誘発させること。
被害にあった民を煽り、一揆を起こさせ、織田軍そして織田信長の首を取ること。
織田信長の首を取るためなら、民の犠牲はやむを得ない。
織田軍を倒した暁には、朝倉が天下を取り、顕如一派に甘い汁を吸わせる。
その計画と、実行の報告が事細かに記してあった。
そして、その書状に書かれた文字は紛れもなく顕如本人のもの。押された花印も間違いなく顕如のものだった。
絶句する山雅に
「信長のやって来た事が正しいとは言わない。むしろ俺だって恨みがある。だが、それと今回の件は別だ。今回、織田軍は何もしていない。民と戦う理由もない。それでも一揆を起こされれば、織田軍は兵をあげ鎮圧に当たるしかない。そうなれば、貴方がたの仲間も織田軍の兵も流す必要のない血をたくさん流すことになる。一向宗や織田軍とは全く関係ない民も巻き込まれ、命を落とすかもしれない。」
そこまで一気に言うと信玄は息をつく。
「武士ではない民にとって、一揆を起こし軍と戦うことは、自ら命を断とうとするのと同じことだ。それだけの覚悟を持って仲間のために戦おうとする人々の命を…心を粗末にして良いのか?仏の教えとはそのように野蛮なものなのか?信じていたものに裏切られた気持ちがすぐに落ち着かないのは分かっている。だが、山雅殿はこの一揆を引っ張る長だ。民を救うことを一番に考えて動いて欲しい。」
「…………」
しばらくの沈黙の後
「………分かりました。到底、納得できることではありませんが、事実を知った今、織田軍と戦うことは全く無意味なことです。門徒たちの命を無駄にすることはできない。此度の一揆は止め、集まった門徒たちには引き上げてもらいましょう。」
山雅はそう答えた。