第9章 時を越えて〜顕如討伐〜
〜三太郎目線②〜
信長様に見出された俺は名を『三太郎』に変えた。名付けたのは信長様だった。
ご自分が名乗っていた『三郎』に『一番始め』という意味の『太』を足して『三太郎』にしたのだと、ずいぶん後になって教えてくださった。
そう言われる通り、俺は信長様の影として動く一番始めの男だった。
後に『饗談』と呼ばれるようになった信長様直属の隠密集団に属したのは俺が最初だった。
影としての動きを俺に叩き込んだのも信長様だった。
剣捌きに加え数々の武術、忍びや斥候としての動き、文字の読み書きまでありとあらゆることを頭と体に覚え込まされた。
そんな日々を過ごすこと二年ほど。
俺は信長様の思うように動く影の手足へと成長していた。
信長様は不思議だ。
一緒に過ごせば過ごすほど、知れば知るほどその魅力に取り憑かれて行く。そんなお方だった。俺はもうすっかり信長様に忠義を捧げていた。
宣言通り『天下布武』を成し遂げようと階段を駆け登って行く信長様の周りには、忠実な家臣も増え、織田軍はどんどん大きくなる。
影の仕事は複雑で危険なものへと変化していった。
そんなある時
「三太郎、天下布武を成し遂げた暁には貴様は何を望む?」
と不意に信長様が尋ねられた。
「某の望むものですか…」
考えてもこれと言って浮かんでは来ない。ただ
「御館様とゆるりと茶でも飲みたいですな。」
そう答えれば
「ふっ、欲のないことよ。…だが、俺も同じだ。」
と目を細めて口角を上げた。
その時に気付いた。
『魔王』などと恐れられ、常に裏切りや暗殺の危険に晒される信長様に安息などないのだと。
周りを取り囲む身内や家臣にも疑心暗鬼となり、心を開ける人間は極わずか。そんな日々を送る信長様の心は疲弊し切っているのだ。それでも、志半ばで立ち止まる訳にはいかないとご自分を奮い立たせ、鬼となって後世のために逃げずに立ち向かっておられる。
それに気付いた俺は、なぜか目の奥が熱くなった。
そして、この方が背負う重く暗い荷物を俺が少しでも引き受けようと、そう心に誓い、同じように口角を上げた。
そうした中で信長様から告げられた命。
『饗談』の任務は、探り、混乱、壊すことが全てだ。
何かを『守る』という任務は初めてだった。
戸惑う俺に
「お前の右腕を連れて行け。命に代えても守り通せ。」
そう告げた信長様の顔は今まで見たことのないものだった。