第19章 時を越えて〜分岐〜信長ver.後編 ※R18あり
その甘い空気に
「コホンッ」
信興が咳払いをすれば
「おっと、これは失礼した。久しぶりに市の顔を見られた嬉しさに我を忘れてしまいました。」
そう悪びれもせず言う氏直と真っ赤になって恥ずかしがるお市。
「良い。貴様の市への溺愛ぶりは今に始まったことではない。」
「ははっ。兄上様の前でお恥ずかしい。」
そう言いながら、お市の腰に回した手は離さない氏直。お市も安心しきった顔をしている。
その様子に
「お市様、良かったですね。」
舞が言えば
「はい」
お市が嬉しそうに微笑む。それを見ていた氏直が
「貴方様はもしや、『安土の姫君』様ですか?」
と尋ねると
「えっ?うーん。『姫君』ではないような…」
返答に困る舞。
「そうですよ。」
見かねた信興が肯定すると
「そうでしたか!此度は市を救っていただき、誠にありがとうございました。本当になんとお礼を申し上げれば良いか…。」
何度も頭を下げ、氏直が礼を言う。
「いえっ、そんな!私はなにも…」
「『なにも』だと?腹に子がいるのも忘れ、敵に矢を何本も射ったのはどこのどいつだ?」
謙遜する舞に、信長が意地悪く笑って言う。
「あっ!もう!それは内緒にしてください。って言ったのに!!」
頬を膨らませて信長に文句を言う舞を見た氏直が驚き
「信長殿に向かってそのような口をお聞きになるとは…んっ?!腹に子?もしやこのお方は?」
と疑問を口にすると
「兄様のお嫁さんになられる舞様ですわ。」
お市が答えた。それを聞いた氏直は
「それは誠か!信長殿もついに嫁御を。…そうですか。嫁御に子、それはめでたい!」
と大喜びした。
そして
「舞殿、お初にお目にかかりまする。私は市の夫の北条氏直と申します。以後、お見知り置きを。」
そう言って舞に挨拶すれば
「氏直様、舞と申します。こちらこそよろしくお願いいたします。お市様からお噂はかねがね伺っておりましたが、素敵な方ですね。お二人はとてもお似合いです。」
舞が満面の笑みで返し、氏直とお市は顔を見合わせて微笑んだ。
天主に移動した一同は、氏直からこの度の件の経緯を聞いて驚く。
「氏直様、当主を下りるなど…」
青ざめるお市に
「良いんだ。これからは二人でのんびりと暮らそう。」
そう穏やかに告げる氏直。それを見ていた信長が
「氏直、貴様に領地を与える。」
突然そう言い出した。