第19章 時を越えて〜分岐〜信長ver.後編 ※R18あり
氏直の目を真っ直ぐ見て言う氏房に
「もちろんだ。当主の座は辞しても、北条を思う気持ちは変わらない。」
そう氏直が返すと
「分かりました。兄上の申し出をお受けいたします。」
氏房はそう言ってにっこり笑った。
「氏房…恩にきる。ありがとう。」
そう言う氏直の目には光るものがあった。それを拭った氏直が
「皆の者も、どうかよろしく頼む。」
家臣たちに頭を下げると、今度は氏房の家臣も含めた全員が平伏する。
「…市、良かったね。」
家康は小さく呟いて微笑んだ。
そしてーー
「すぐに市を迎えに行かなくては!」
氏直はそう言って飛び跳ねる勢いで広間を出て行く。その姿に
「氏直様はお市様のこととなると童のようだ。」
「なにはともあれ、ご夫婦が仲睦まじいのが一番ですな。」
そう言って、家臣たちが笑った。
「とんだ茶番だったけど、悪くなかった。」
家臣たちが騒ぐ中、家康が氏房にそう声をかける。
「ははっ。家康様にはお見通しでしたか。」
そう言って笑う氏房。実は、今回の話は以前から氏直に打診されていたことだった。それに納得いかず反発した氏房は、家督を奪うためではなく、兄を当主に留めるために争おうとしていたのだった。
「あんたが兄を押し退けて家督を奪おうとするなんてあり得ないからね。」
「そうでしょうか?」
「あんたがどれだけ氏直殿を慕っているか分かる奴には分かる。現に信長様もすぐに茶番だと見抜いてたからね。」
「ははっ。さすがは家康様と信長様ですね。…ですが」
「なに?」
「私が慕っているのは兄だけではありません。義姉上のことも兄と同じくらいに慕っています。義姉上が嫁いで来られてからの兄上は本当に幸せそうで…。あんな兄上を見られるのは義姉上のおかげ。そのお二人の幸福を守るためなら、私はどんなことでもします。」
そう言う氏房の表情こそ幸せに満ちている。
「そう」
答えた家康も幸せそうだった。
ーーー翌日、安土城。
あの後、すぐに城を飛び出した氏直は、二日はかかる行程をたった一日で駆け抜け、安土へとたどり着いた。出迎えた信長たちへの挨拶もそこそこに
「市!!」
そう言ってお市を力いっぱい抱きしめる。
「氏直様…ううっ」
氏直の姿に安堵したお市が泣き出すと
「迎えが遅くなって悪かったね。でも、もう大丈夫だ。全て解決した。だから泣くのはおやめ?」
そう優しく言って涙を拭ってやる。