第19章 時を越えて〜分岐〜信長ver.後編 ※R18あり
「氏直様!それはなりませぬ!」
「なんと!」
「なぜ急にそのような…」
皆が思い思いのことを口にする中
「兄上、どういうおつもりか?」
厳しい表情の氏房が言う。途端に静まり返る室内。氏直は穏やかに話出した。
「氏房に押し付けるような形になってすまない。だが、北条家のことを考えるとそれが一番良いのだ。皆が評価する当主としての私は市あってのもの。市が私を支え、側にいてくれるからこそだ。その大事な市を私が当主である以上、子のことで苦しめる。私にはそれが途方もなく辛い。」
「子の件は側室を娶るなり、養子を取るなりで解決できるのに、なぜそれをされない?」
氏房が厳しい口調で問うと
「先ほどから言っているように、市以外に妻を娶るつもりはない。それにもし、側室を設けたとしても、その者に子ができることもない。」
「なぜ?」
「私はこの先、市以外の女人と閨をともにすることはない。抱きもせぬのに子はできぬ。養子を取らぬのは…親と子を引き離したくないからだ。私が養子を取るとすれば、氏房の息子となるだろう。仲睦まじい親子をわざわざ引き離したくはない。」
「それは単なる我儘というものでは?」
「分かっている。だが、私は市が何より大事なのだ。市は子ができぬことをとても気に病んでいる。このままでは、信長殿を通して離縁を推し進めて来るだろう。そうなれば、私は終わりだ。市を失えば、私はただの腑抜けた男に成り下がるだろうからな。」
「…」
「自分勝手なのは承知の上での申し出だ。氏房、この通りだ。家督を継いで北条家を守ってくれぬか?」
そう言って、氏房に平身低頭する氏直。続いて
「皆の者にも頼む。氏房を当主とし、北条を支えて欲しい。」
家臣にも頭を下げて願った。静まり返る室内。
「良いんじゃないですか?」
静寂を破ったのは家康だった。
「俺は良い考えだと思いますよ。話を聞いているとそれが一番、皆が幸いになる方法です。女にうつつを抜かす腑抜けた男より、後継ぎの心配もなく若い氏房殿に当主を任せた方が、今後の北条のためになる。」
そう言って口角を上げた。
「家康殿…」
思わぬ援護に氏直の顔が綻ぶ。そして
「…兄上が義姉上をを深く寵愛しているのは周知の事実。何を言っても心は変わらぬのでしょう。それに、私は兄上と仲違いなどしたくはない。私が当主となっても変わらずお力添えくださると約束していただけますか?」