第16章 時を越えて〜分岐〜幸村ver.後編 ※R18あり
そんな風に幸せで穏やかな日々を送っていた真田家に、卯月のある日、もう一人家族が増えた。生まれたのは男児。とても元気な赤子だった。予定日より早く舞が産気づいた時は、幸村も光秀も外せない公務で不在にしており、陣痛に苦しむ舞を支えたのは村正だった。舞は村正が側にいるだけで安心し、陣痛の痛みも和らいだ。さすがに産室までは連れて入れなかったが、舞が苦しげな声を上げる度に産室の外廊下から聞こえる
「ウォン!」
というエールのような啼き声に励まされた。そして
「ああああああーーー」
と舞が悲鳴のような声を上げたと同時に
「おぎゃあーー」
大きな泣き声が聞こえて来る。幸村と光秀の代わりに立ち会った村正は
「ウォン!」
と一啼きして嬉しそうに尻尾を振った。
その後、知らせを聞いて慌てて帰って来たが間に合わなかった幸村は
「村正、舞についててくれてありがとな。」
と村正に心から感謝した。
生まれた子は光秀の幼名と同じ『彦太郎』と名付けられた。舞も光秀も何度も断ったが、幸村が『男児だったら明智家の跡取りにする』と生まれる前から言って聞かず、生まれた瞬間に彦太郎は明智家の跡取りに決まった。
周りにも反対されたが、『明智の血を継ぐ跡取りがいないと、舞が消えてしまうかもしれない』という不安を消し去ることを優先するのは、幸村にとって絶対に譲れないことだった。
明智家の跡取りになるとは言っても、元服を迎えるまでは真田家で暮らす。明智家は舞の実家でもあるから、明智家へ養子に行っても家族には変わりない。幸村にとって己の命よりも大切で、我が子にとっては唯一の母親であり、光秀にはかわいい娘である舞がいつまでも皆の側にいられるということが何より大事だった。
彦太郎は顔立ちは幸村にそっくり、耳や手指の造りは舞と同じ、瞳の色は光秀と同じ琥珀色と三人にそれぞれ似ていて、とても愛らしかった。三人のみならず、武将たちや城の者たちにもたっぷりと愛情を注がれ、すくすくと育った彦太郎が歩き始めた頃には、舞の第二子懐妊も分かり、さらなる幸せに幸村も光秀もとても喜んだ。
数年後、二人の間には三男一女の子が生まれ、彦太郎の養子の話にあれこれ言う者は誰もいなくなった。