第12章 時を越えて〜舞の秘密〜
「次の文です。
先日、信長様が珍しく弱ごとを吐かれた。
『戯言と思って聞け。光秀、俺は少し疲れた。遂に秀吉まで疑わしく思うようになった。少しで良い、何も考えず童のように眠りたい。俺がそれを望んだ時はもう、止めてくれるな。止めてくれるなよ、光秀。』
いよいよだ。信長様の限界は近い。このままでは自死より他に道はなく、生きて欲しいと望むのはあまりに酷だ。俺が最後に信長様にできることを考えなければ。」
「また次の文です。
先日、信長様に言われたことで考えた。俺が最後にできること、それは、あの御方に最期まで『織田信長』でいていただくこと。信長様の死による影響力は計り知れない。心を痛めたことによる自死だと知れば、秀吉は嘆き悲しみ、救えなかった己を呪うだろう。そうなれば、この日ノ本はまた地獄と課す。
信長様の後継者は秀吉しかいない。秀吉が信長様の死を乗り越えて、この日ノ本を平定できるように策を考えなければ。」
「次の文です。
俺は決めた。信長様が自死された時には、俺もともに逝こうと。俺が信長様に謀反を起こしたことにすれば、信長様の自死をごまかせる。秀吉の悲しみは俺への怒りとなり、立ち上がる原動力となるだろう。織田軍が憎む謀反人の俺を秀吉が討つことで、織田軍の絆は強固となる。日ノ本平定へ向けては良いことだ。
信長様が近々、上洛のために小姓のみを連れて本能寺に逗留される。恐らく、その時がーー。」
「これが最後です。
いよいよ明日、信長様が上洛される。決戦は明晩。
決意も覚悟もしたはずなのに、いざその時を迎えると思うと体が震えてしょうがない。これは、自分の死が怖いからではない。織田信長を永遠に失うことが悔しくてしょうがないのだ。
この策は誰にも話していない。明智家を手助けする者は誰もいないようにと手を回した。その者が上手く立ち回ってくれるだろう。
家族も巻き込むことになるが、それでもこの先の世のためにともに逝ってくれ。また会えるなら、死後の世界でともに、この先の日ノ本を見届けようぞ。
妻よ、息子たちよ、娘よ。すまない。
秀吉、後は頼んだ。
信長様の生きた証を後世へ繋いでくれ。
誇り高き、織田信長は死しても何人にも穢されぬ。
この文が後世へ継がれることはないかもしれぬが、信長様とともに生きた俺の誇りとして残す。
信長様の亡き骸は、生前望まれたように尾張の地に埋葬す。 明智光秀」