第6章 言えぬ思い
私の母上は、屋敷中の誰よりも早く起きて朝餉の支度をし、誰よりも遅くまで起きて、父上の着物を縫っていた。
私の父上はそんな母上をとても大切にしていて、母上が根を詰め過ぎると「其方も少し休め」と言って母上の手を止め、二人で縁側に出てお酒を召し上がられていた。
父上は少し酔いが回ってくると母上の膝の上に寝転がり、母上はそんな父上を優しく見つめながら頭を撫でておられた。
そして私はそんな二人を見ながら、私もいつか誰かと添い遂げた時にはこんな夫婦になりたいと思っていた。
そんな父と母でさえ、出会った頃の母は、父と夫婦になるとは露ほども思っていなかったと言う。
『母上、父上とのお話を聞かせて下さい』
私は二人が恋に落ちるまでのお話を聞くのが大好きで、良く母上にお願いをしていた。
『ふふっ、もう何度も話して聞かせているでしょ?』
私がせがむと、母上は決まって照れくさそうな顔をして、.....でもとても大切な思い出を振り返る様に、話し始めてくれた。
ある大名にお仕えする下級武士の家に生まれた父上と母上は、戦のゴタゴタの中偶然出会ったそうだ。
足を怪我して運ばれてきた父上の手当てをしたのが母上だった。
父上云く、『あまりの美しさに怪我の痛みが一瞬で消えて無くなるほど、目の前の女性に心を奪われた』らしく、その日から父上の熱烈な求愛行動が始まったらしい。
『母上は、嬉しくなかったのですか?』
何度も聞いた話だから、その後の展開を知っていても、私はいつもここで同じ質問をする。
『正直言うとね、最初は迷惑だなって思っていたの。私にはもう、決められた許婚もいましたしね。ふふっ、父上には内緒ですよ?』
そして母上も決まって口元に人差し指を立てて優しく微笑む。