第39章 台風一過 後編
花見の日を境に空良は順調に元気を取り戻し、医師も驚くほどの速さで回復していた。
(もう顔色も良いし、そろそろ安土に戻れるやもしれんな)
俺の腕の中で眠る空良の頬を撫でると、奴の瞼がぴくりと動き、ゆっくりと目を開けた。
「………信長様、おはようございます」
「よく眠れたか?」
「はい」
空良は愛らしい笑顔で頷くと、ぴたりと俺の胸に頬を寄せた。
これは毎朝、俺たちの中で当たり前にする行為で、空良がくっつけば、俺は奴を腕の中に閉じ込めて、更に二人の隙間を埋める様に抱き締める。
だが………
「っ………」
(まずい)
今までの朝と、決定的に違うことが一つだけある。
ここで寝起きの空良に欲情しても、奴を決して抱けぬと言うこと……
「!そうだ、忘れておった」
奴の些細な行動で簡単に熱を持ち主張しようとする己の抑えが効くうちに、俺は空良の身体からやんわりと離れ、素早く布団から出た。
「……信長様?」
少し、驚いた様な空良の顔……
「俺はやることがあるゆえ起きるが、貴様はもう少し寝ていろ」
「えっ、こんな朝早くからですか?」
「ああ、秀吉より書状が届いておる事を忘れておった。早く返事を出さねばあ奴が乗り込んで来そうゆえな」
「………そうですか」
分かりやすく残念そうな顔をする空良に申し訳なさはあれども…
「朝餉には戻る。今日の三食の膳を全て平らげる事が出来たら、安土に連れ帰ってやる」
「ほっ、本当にっ!?」
「ああ、本当だ」
「嬉しい。…信長様、私頑張って完食しますね」
空良は歓喜の声を上げると、奴の頬を撫でる俺の手を取り、掌に口づけた。
「っ!」
バッ!と、あろう事か俺は払い除けるように空良から手を離してしまい……
「………ぁ、」
「っ、…何でもない。今のは驚いただけで…気にするな。では行ってくる」
上手く言い訳をすることもできず、不安な色で染まった空良の頭を撫でて俺は部屋を出た。