第38章 台風一過 前編
意識不明の空良が目覚めてから数日後、奴の容態が落ち着いた為、俺達はあの民家を離れて寺へと戻ってきた。
そこからさらに十日が経ち、空良は少量の粥であるならば完食させられるぐらいには食事がとれるようになった。
ただ目を離せば、奴はぼーっと外を眺め、静かに涙を流す日々が続いている。
「空良」
「……あ、信長様」
空良は涙を素早く拭って布団から身を起こし、愛らしい笑みを浮かべる。
「起きずとも良い、寝ておれ」
そして俺は、そんな奴の仕草には気付かないフリをして話しかける。
「でも……」
「構わん、まだあまり顔色が良くない。これでは当分安土には帰れんぞ?」
大量の血を流し、生死を彷徨った空良の身体の回復には、かなりな時間がかかりそうであったが……
「早く…安土に帰りたい」
京での辛く悲しい日々を思い出したくないのか、空良は安土に帰りたいと、よく口にする様になった。
「貴様の体調が良くなれば、すぐにでも連れ帰ってやる」
「……はい」
あの日、攫われた後、元就や義昭との間に何があったのか、空良は多くは語らぬが、ひたすらに体は許していないと、信じて欲しいと涙ながらに訴えてきて、俺はそんな空良を抱きしめ安心させてやることしかできないでいた。
「少し眠れ。眠るまで側にいてやる」
「でも……折角来て頂いたのに…」
「俺はこうして貴様を抱きしめられるだけで十分に来た甲斐がある。気にするな」
布団に入り空良を抱きしめると、一回り以上細くなった空良の身体に、奴がどれ程に辛い思いをしたのかを痛感する。