第32章 暗雲
・・・・・・・・・・
「空良様、お待ち下さい!今護衛の者を呼んで参りますので」
朝餉を済ませ信長様の部屋を出た後、私は夕餉の事で頭が一杯だった。
寺の裏門から外を覗けば、目の前には朝市の露店が所狭しと広がっている。
目の届く所だし、すぐに済むからと行こうとした所を麻に呼び止められた。
(ああ、早く行かないと、良い食材が売り切れてしまう)
「大丈夫よ麻、目の前の市で食材の買い出しに行くだけだもの。すぐに戻るから」
信長様の為にも、今夜はお好きな物を作って差し上げたい。
特に、あんな事があったばかりできっと今日の鷹狩りでは公家や大名衆から嫌味を言われるに違いないから.....
『三姫の事は、俺が事を収める。貴様が気に病む必要はない』
女同士の、信長様をかけた戰はあやふやなまま信長様の手に委ねる形となり、私の初陣は、逃げっぱなしで勝敗のつかない両者撤退で終わった。
思えば、船酔いをして一緒に京入りが出来なかった時から、私達の生活は少しずつすれ違っていて、無理に無理を重ねていた。
だからこそ今夜は、安土にいる時の様な二人に戻れる、そんな夜を過ごせる様な気がして嬉しくて、私は麻の制止も聞かずに食材を入れる籠を手に、寺の外へと飛び出した。
「空良様っ!お待ち下さい」
麻が慌てて駆けてくる音が聞こえたけど、私は歩みを止めずに前へと進んだ。
「ふふっ、麻は心配性ね」
今夜、信長様に話そうと決めたお腹の子に話しかけて、ゆっくりとお腹を撫でた。
「.......うっ!!?」
突然、バシッと言う音と共に、首の後ろに鋭い痛みを感じた。
(な......に?)
確認するよりも早く身体は宙に浮き担ぎ上げられ、痛みで朦朧とする中、手にしていた籠が地面へと転がった。
「空良様っ!!!!!」
麻の悲痛な叫び声が聞こえる。
「うっ..........あ....さ........」
助けを乞うため伸ばした手は虚しく宙を掻き、
私の意識はそこで途切れた.............