第30章 京宴 中編
「光秀っ!」
「はっ!」
宴の最中、苛立ちを抑え光秀を呼べば、奴もまた涼しげな顔に僅かな焦りを滲ませ現れた。
「空良はまだか!」
「今、寺の方に使いの者を送っておりますれば、暫しお待ちを」
「一体どうなっておる!」
奴が無事寺に着いた事は家康からの使いで確認し安堵していたが、宴が始まり随分と経つが、一向に現れる気配がない。
港での、奴の不安そうな顔が思い出される。
こんな事なら無理をさせてでも馬に......いや、あの状態で乗せるのは無理であったに等しい....
宿場としている寺からこの大名屋敷まではさほど距離もなく、体調も回復したと聞いている。とっくに着いていてもおかしくない。
「空良、何があった.....?」
宴はとうに始まっており、嫌な焦りだけが増していく。
「信長殿、先程から落ち着かぬ様子ですが如何なされましたかな?」
宴に参加している大名の一人が銚子を片手にやって来た。
「明日の祝賀会の手はずも整のった事ですし、今宵ここからは無礼講という事で...........ささっ、一献......」
四国、中国地方の有力大名や朝廷の者達を招いたこの宴で、先ほどから何度も繰り返されるこのやり取り.....、だが何杯飲んでも酒の味が分からぬ。こんな事は初めてだ。
「所で、某の娘にはもう会われましたかな?」
この会話も、この大名で何度目か......
「いや、その方の娘が来ておるのか?」
付き合うのも面倒なこのやり取りに、俺は適当に言葉を返す。
「またおとぼけを。此度の京での滞在は、信長殿がついに身を固められる為、その正妻選びも兼ねていると聞いておりますぞ。某の一の姫も貴殿の宿泊する寺に身を寄せておりますれば是非に.....」
是非に、何だ?寺に身を寄せる女ども全てを相手にせよとでも言いたいのか?
「俺にはもう決まった相手がおる。今も其奴の到着を待っておる所だ」
顔を思い浮かべるだけで体が疼き、抱きたい欲に駆られるのは空良だけだ。
「本能寺から連れ帰ったと噂の娘ですかな?」
「そうだ」
俺が女に溺れておるのがそれ程に珍しいのか、空良の事は既に周知の事のようだ。