第4章 吉祥天
「........以上で報告を終わります」
地方視察から戻った秀吉が天主で報告をし終え信長を見ると、何やら外を静かに見ている。
「.......御館様?」
報告が終わっても何の反応も示さない信長に秀吉は声をかけた。
「.......報告は以上か?」
信長はその声で振り返り、秀吉に視線を戻す。
「はっ、また詳しくは書簡に認めてお待ち致します」
頭を下げ、その場を去ろうとする秀吉に信長は質問をする。
「時に秀吉、貴様は吉祥天を見た事があるか?」
「は?吉祥天ですか?」
秀吉が質問に答える前に、信長はまた視線を外へと移す。
空良が来てから、信長はよく考え事をする様になった。
本能寺で信長の命を狙った空良を侍女として側に置いて早10日。
侍女とは名ばかりに、信長は空良を天主に閉じ込めて他の者との接触を禁じている。
秀吉達武将は空良の事を信長から教えられているが、それ以外の城の者には何も知らされておらず、空良の姿を見ることができるのは、信長が湯あみをする時と、天主にて食事の膳の受け渡しや身の回りの物の交換をする時のみ。
いつからか城の者達の間で、空良を見た者は良い事があるなど、稀少な存在の様に語られる様になった。
何故空良を天主から出さないのかは、武将達にも知らされてはいない。
自身の命を狙った生き証人を逃さない為か、はたまた何かから守る為なのか.....
先日も、信長の首にうっすらと紐で締められた様な痕があり聞くと、「空良と情事に及ぶ際に縛り合った」と赤面する事を言われ、一体どんな情事に及んだのかとあらぬ想像をしてしまった。
「.....吉祥天は、幸福や美、富を表す仏教の神で、たいそうな美の持ち主らしい」
話は続いていたらしく、信長は再び口を開いた。
「はぁ、会ってみたいものですね」
神仏を信じない信長の口から仏教の神の話が急に飛び出し、秀吉は返答に困った。
「ふっ、貴様に聞いたのが間違いだったな。もういい下がれ」
「はっ」
頭を下げ、秀吉は今度こそ天主を後にした。
「何だったんだ?一体」
大方空良に関係することなのだろうが秀吉には皆目検討がつかず、頭を抱えたまま天主から本丸御殿への廊下を歩いた。