第17章 恋仲〜後編〜
「空良へ
本能寺で貴様に出会った日の事はまだ鮮明に覚えている。
目の前で両親を殺された恨みを一身に背負い懐剣を握る貴様に、俺は一目で心を奪われた。
あの夜から、俺の心には貴様しかいない。
貴様の顔を見れば口づけたくなり、口づければ貴様をもっと欲しくなる。故に貴様の言う恋仲とやらを俺は叶えてやれそうにない。
だが一日だけならそれに付き合ってやってもいい、そしてそれで納得しろ。
明日一日休みを取った。文と共に届けた着物を着て逢瀬に行く支度をしろ。
知っておると思うが、俺はあまり気が長くない。余り待たせるな。紅もささなくていい。
朝餉を済ませた後、城門前にて待つ。
織田信長」
「...................っ」
私は、大バカだ。
信長様とのことは奇跡だと、自分でちゃんとそう思ってたのに.....
信長様が形式や習わしに囚われない方だったからこそ、私達の間にはありえないほどの奇跡が起こったのに、なのにそれを分かろうともしないで自分の勝手な価値観を押し付けるなんて......
奇跡的に恋仲になれた私達には、私達なりの奇跡の手順があって今ここにいる事に、私はようやく気付いた。
「ごめんなさい」
一筆一筆丁寧に書かれた文からは、信長様の愛情が溢れ出ていて、涙が止めどなく流れた。
私は本当にバカだ。
このドキドキは、手順を踏んだ所でなくなったりしない。
ドキドキするのは、信長様の事が大好きだから。
これから先、今よりもっと信長様を好きになって、もっと胸は煩くなるに違いないのに....
こんな当たり前の事に気づくのに、こんなに大ごとにして周りを巻き込んで.......
衣装箱の中には、落ち着いた色合いの着物と小物が一式。
これもきっと、艶やかな物に慣れていない私の事を思って選んでくれたのだと思うと、感動してまた涙が出た。
政宗さんに今夜は会わずに眠れと言われた事と、明日の朝は信長様との恋仲になって初めての逢瀬の支度にも時間がかかりそうだった事もあり、信長様に会いたい気持ちを私は必死で落ち着け褥に横たわった。
「寂しいな......」
信長様の腕の中で眠れない夜が、こんなにも心細くて肌寒いものだと言う事も初めて知った私は、信長様から頂いた文を胸に抱いて、その文の温もりを感じながら一人眠りに落ちた。