第16章 恋仲〜前編〜
顕如様と蘭丸様が地下牢から脱走した翌朝、信長様とその側近を除く城の者たちは騒然となり、信長様は追手を使って形だけの追跡をしたけれど、それも数日の後に取り止めとなり、日が経つにつれ、少しずつお二人の話題も上らなくなっていった。
私の屋敷を襲った犯人の事は、私は顕如様から聞く事はできなかったけど、信長様は多分、あの夜蘭丸様から聞いたのでは無いかと思っている。
蘭丸様が信長様に何かを耳打ちした時、明らかに信長様の顔は強張っていた。
後日気になり聞いたけど上手くかわされてしまったし、
『光秀に調査させた所、貴様は死んだことになっておる。その理由が分からぬ以上無闇に貴様を連れて行ってはやれん。はやる気持ちはわかるが暫し待て』
とも伝えられた。
顕如様の言う、信長様では太刀打ちできないほどの高貴な方など、本当に殿上人しか思い付かないけれど、この広い日ノ本をあまり良く知らない私にはこれ以上の詮索は不可能だし、もう私は一人じゃ無い。
信長様が色々と私のために動いてくれている事は確かで、私はただ信長様を信じてその時が来るのを待とうと決めた。
そうこうしている間にも少し時は流れ、秋も深まり、私は今日もこの安土城の掃除に没頭し、ピカピカに床を磨き上げていた。
「よし、廊下掃除は今日はここでおしまいにしよう」
広い城内を磨き出すとキリがないし、綺麗にしたい所はまだまだたくさんある為、本日の廊下の拭き掃除はこの廊下で終わろうと、気合を入れてしゃがみ込む。
床に這いつくばる様に廊下の拭き掃除に没頭していると、角を曲がって来た誰かの足にぶつかった。
「ごっ、ごめんなさい。私ちゃんと見てなくて......」
謝りながら慌てて頭を上げると、少し前に恋仲になったばかりの愛おしい人が、顔を崩して笑っている。
「信長様っ!」
「ぶつかった足が俺とも分からぬ程掃除に夢中になるとは、仕置きものだな」
信長様はいじわる気にそう言うと、私が立ち上がるよりも先にしゃがみ込んでくれ、視線を合わせてくれた。