第10章 月の姫
「信長様、あまり端近に行かれては濡れてしまいます」
お酒の膳を取りに行っている間にいつの間にか雨が降り出し、少しだけ縁側を濡らしていた。
「少しくらい濡れても構わん、雨に濡れるのも一興だ」
廻縁に出て夜の町を眺めていた信長様は、私の手にある膳を取って板の間に置いてくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、いつも通りここに座れと言うように、少し強引に私の手を引き座らせられた。
「明日は満月を見られると思っておりましたが、この様子では見られないかもしれませんね」
お銚子を手に信長様にお酒を注ぎながら、私は思いを口にする。
まだ残暑は厳しいけれど、日が少しづつ短くなって、鈴虫の声が聞こえ始めてきたこの頃、夜風に当たりながら初秋の月見をしたいと心ひそかに思っていたのに.......
「いや、この雨は長くは続かん。朝には止むだろう」
くいっとお酒を一気に飲み干すと信長様は自信たっぷりに言った。
「えっ、どうして分かるんですか?」
こんなに降ってきたのに.......
「勘だ。根拠はないが、外れた事はない」
信長様は楽しそうに口の端を上げ言うと、膳に置いてあるもう一つの盃を手に取った。
「..........今宵は貴様も飲め」
信長様はその盃を私に差し出した。
「...........いえ、私はまだ飲んだ事がありませんので」
「酒に色づく貴様も見てみたい。飲んでみよ」
にやりと、明らかに何かを企んだ目が私を見る。
「っ、その手には乗りません。それに、お酒は輿入れをした先で、旦那様となられた方と初めて酌み交わすものと決めておりますので」
差し出された盃を押し返しながらも、そんな日はもう来ないのに、未だにそんな言葉が自分の口から出てきた事に苦笑してしまう。
「............何だ、そんな事.....。遅かれ早かれ貴様はいずれ俺の妻となる身。今飲んだとて何の問題はない」
...................................................はい?
「...........................。」
今............すごい事を、普通にさらりと言った?