第11章 漂う(沖田夢)
「沖田、さん?」
名前を呼ぶと腕が離れ、遼は恐る恐る振り返る。
そこには隊服に身を包んだ沖田が不敵に笑っていて、遼は思わず逃げだそうとするが、あっさりと手を掴まれて逃亡は失敗した。
「俺から逃げようなんざ、百年早ぇ」
「に、逃げようなんて滅相もない!」
慌てて否定するが、沖田の目がすうっと細められ、遼はごくりと喉を鳴らす。
「じゃあ、行くか」
「行くってどこへ?」
「んなもんホテルに決まってんだろ」
聞くが早いか踵を返した遼を、沖田は素早く捕まえた。
「残念。とっとと諦めて家に電話しな」
「沖田さん、あの、実は今日月モノ──」
「じゃねぇのは知ってるぜ」
先手を取られ、遼は渋々携帯電話を取り出して電話を掛ける。
「─あ、もしもし、伯母さん?
うん、終わったよ。それでね、あの……」
ちらりと沖田を見ると、寄こせと言わんばかり手を出していて、遼は伯母に断りを入れて沖田に電話を渡した。
「もしもし、こんにちは沖田総悟です。はい、いつもお世話になっています。実は、遼さんがもう仕事が終わりだって聞いて、ご飯でもご一緒できればなって。
──ええ、勿論です。遅くならない内に、僕が責任を持って送り届けますね。
──はい、ありがとうございます。では」
すっかり好青年の顔で対応した沖田は、電話を切るとぽいっとそれを投げて寄越す。
「わっ、あっ、セーフ」
「とんだマヌケ面だな。承諾も得たし、行くぜィ」
「ご飯ですよね?」
「最近のラブホは飯も充実してるからな」
沖田の回答に、遼はすっかり諦めてその後ろをついて歩いた。
真選組や家族公認(遼の家族は沖田に騙されている感はあるが)で交際中の筈なのに、まともにデートをした事なんてない。
大概が沖田の都合に合わせて体を重ねてさようならだ。
急に虚しくなり、じわりと溢れた涙で前が霞む。
慌ててハンカチを出して目元を拭っていると、沖田の姿を見失った。
「え?あれ?
ウソっ、沖田さん??」
キョロキョロと辺りを見回すが、沖田の姿が見えない。
「やだっ、どうしよう」
半ばパニック状態のせいで、視野が狭まり、ますます遼は慌ててしまう。
「神武、こんな所で何してんだ?」