第30章 嫉妬の形は人それぞれ
その一瞬を見逃さなかった遼は、咄嗟に男の向こう脛を蹴りつける。痛みに男が悲鳴をあげて前のめりになり、今だ!と男から離れて神威に駆け寄った。
「団長!!」
「怪我は?」
「あ、ありません!五体満足元気いっぱいです!!」
「そう」
ぶんぶんと首を横に振り、必死で訴える遼をほんの数秒抱きしめた神威は、にっくき凶漢へと足を向ける。
状況が把握しきれていない男は、がくがくと震えながらナイフを握り締めたまま両手を上げた。
「ま、待て待て、降参する!俺はまだ、何もしてねぇだろ?あいつらの情報なら何でも話すし、何ならこのままダブルスパイって形に――」
後ずさる男に、神威は僅かに片眉を動かす。
「何もしてない?」
静かな問いは男を追い詰めるのには十分で、恐怖で顔を引きつらせたまま凍り付いた。
もはや抵抗する気力もない男に近付いた神威は、にっこりと人好きのする笑顔を浮かべて男の胸倉をつかみ上げる。
「遼に触っただけでも車折の刑に値するし、ましてやアンタは抱きしめた上にナイフで脅した。これはもはや、火あぶり、逆さ磔、撲殺のトリプルコンボだよね」
「ひっ!」
「だ、団長、私はこの通り無事ですし、あの――」
「何?」
「ナンデモナイデス」
説得を諦めた遼は、静かに合掌した。
後日。
結局男は神威が満足するまでボコボコにされた上で、敵対組織に送り返されたそうだ。
これにより敵方はすっかり戦意を喪失したらしく、音沙汰がない。
一方神威は嫉妬心を一層自覚したようで、以降は遼への独占欲を隠さなくなっていった。
それにより、阿伏兎の苦労が倍になったのは言うまでもない。
[おわり]