第30章 嫉妬の形は人それぞれ
【神威】
駆け付けた神威と阿伏兎は、男に羽交い絞めにされている遼を前に動けずにいた。
遼の喉元には鋭いナイフが突きつけられ、神威たちがじりと近付くと、男は牽制して後ずさる。
「一歩でも近づいてみろ!こいつの血を見る事になるぜ!!」
「おいおい、こりゃあ何の冗談なんだ?」
「冗談なんかじゃねぇ。この女を盾に、ここから逃げるんだよ」
「ふうん。自分がスパイだってバレてるのに気づいちゃったのか」
男の正体は、先日入団したばかりの新人だった。
だが、実は敵対組織から送られてきたスパイであり、それに気づいた神威たちは男の動向を気にしつつ泳がせていたのだ。
それに勘づいた男は、開き直って強硬手段に出たのだろう。
「妙な真似してみろ!この女の顔を切り刻むぞ!」
「ちょっと落ち着けって。俺たちゃ別に、お前さんをどうにかするつもりはない。逃げるってんなら勝手に逃げてくれりゃあいい。だが、そいつは置いていってくれ」
やや焦った様子で遼を指さし懇願する阿伏兎の横で、神威はいつもの笑顔を浮かべたまま成り行きを見守っていた。
欠片も動揺せずに羽交い絞めにされたままの遼は、神威の様子を見て心の底から男に同情する。
(わー、団長めちゃくちゃ怒ってるよ)
おとなしくされるがままの遼を、恐怖で硬直しているのだろうと受け取った男は、なおも強気に声を張り上げた。
「随分この女が大事みたいだな。黙って俺の要求に従えば、女は五体無事に帰してやる。逆らったらどうなるか――」
言いかけて、神威の纏う殺気に気付いた男は言葉を止める。
「逆らったら、どうなるの?」
にこにこと尋ね始めた神威に、遼と阿伏兎の表情が引きつった。
とても、怒っている。
地球でのあれやこれやの際も、烙陽での一件の時でさえ、こんな怒り方はしていなかった。
(これはもう、止められないな)
遼と阿伏兎が同時に諦めた瞬間、神威が一歩を踏み出す。
――ドォンッ!
音から少し遅れて、踏み出した神威の足の下が崩れた。
(おいおいおい、踏み出しただけで足元が崩れるってどんだけ力込めてんだよ。つーか、誰がこの状況を収拾するんだ……)
「ど、どうなってるんだ!?」
ついて行けない状況に驚いた男は、遼の首元から一瞬ナイフを離す。