第30章 嫉妬の形は人それぞれ
「あはは……お気を遣わせて申し訳ない」
「いえ。あの、良かったらこの後お礼に――」
「神武、甘味屋寄って屯所に帰るぞ」
「へ?」
男の言葉を遮った土方は、掴んだままだった遼の手首をぐいと引っ張ると、答えも聞かずに歩きだす。
されるがままの遼を引っ張って、程々男から離れると急にその場に立ち止まった。
「うわっ、副長、どうしたんですか?」
「ちょっとここで待ってろ」
「え?」
ぽかんとする遼を置き去りに、土方は茫然としている男の傍まで戻ると、低く唸るような声で男を威圧する。
「遼にちょっかい出そうってんなら、いつでも俺が相手になってやらぁ」
「ひっ!」
「じゃあな。せいぜい夜道には気をつけな」
そう言って踵を返すと、道端に突っ立っている遼に足早に戻っていった。
「行くぞ、神武」
「え、あ、でも……」
「アイツには、何か困ったことがあれば遠慮なく真選組を頼れって名刺を渡しておいたから大丈夫だろ」
「そっか、名刺を渡すのすっかり忘れてました。副長、ありがとうございます」
「お前に礼を言われる事じゃねぇだろ。それより、客用の菓子を買って帰んなきゃなんねぇから、甘味屋に付き合え。ついでに、休日に人助けした駄賃に何か奢ってやる」
「えっ、良いんですか?」
遼の表情がぱっと輝き、堪らず土方の口元も緩む。
甘味屋に寄る理由は口から出まかせだったが、こうして喜んでいる姿が見れて、思った以上に満足していた。
胸の奥で渦巻いていた感情さえ、溶けて消えてしまう。
すっかり柔らかな雰囲気になってしまった土方に、遼は不思議そうに首を傾げた。
「何か良い事でもありましたか?」
「いや。何でもねぇよ」
想いはまだ胸の内に秘めたまま、二人で過ごす時間の為に軽い足取りで甘味屋へと向かう。
土方の機嫌が良いのは遼にとっても好都合なので、あまり深く追及もせず少し先を歩く土方の背中を追いかけた。
[おわり]