第30章 嫉妬の形は人それぞれ
【土方十四郎】
夜勤明けの気怠い体を引きずるように、だらだらと屯所までの道を歩く。
なじみの煙草屋に寄って路傍の喫煙スペースで一服していると、通りの向こうに知った姿を見つけてそちらに目をやった。
(そう言やぁ、アイツは非番だったな)
質素な着物に身を包んだその姿は、町を歩く女たちと何ら変わりない。
地味で、目立たない至って普通。
それでも、こんな雑踏の中で土方が彼女を見つけられたのは――
(いやいや、何考えてんだ!疲れてんのか?!)
思わずポエマーな感情に支配されそうになった土方は、慌ててかぶりを振って脳内ポエムを追い払った。
油断するとポエムが垂れ流しになりそうで、新しい煙草に火を点けて肺一杯に煙を充満させる。
それだけで少し気持ちが落ち着いて、冷静に遼の姿を見る事が出来た。
けれどそれも、一瞬のことだったが。
(アイツ、誰と話してんだ?)
どうやら遼は道端で談笑中だったようで、向かいに立つ男性と何やら話し込んでいるようだった。
相手の男性が僅かに頬を染めて楽しそうにしている様子が目に入り、腹の奥がすうっと冷えていく感覚に見舞われる。
(胸糞悪ぃ)
暫く二人を観察していると、遼が楽しそうに笑う声が聞こえ、二人の距離が近づいていることに気付いた。
通りに人が増えてきたのでやむを得ずのことだったのだろうが、そんな事情は知った事ではない。
灰皿に煙草を押し付けた土方は、こちらに背を向けた遼に気付かれぬよう、ゆっくりと二人に近付いた。
その間ずっと、相手の男を鋭い眼光で睨みつけていたため、道行く人々は思わず道を開ける。
二人の会話が聞こえそうなところまで近づき、こちらに気付かぬままの男を睨みつけ、足を止めて耳を傾けた。
「色々とありがとう。助かったよ」
「いえいえ、袖振り合うも他生の縁と言いますし。お役に立てたならよかったです」
明るい声で応対する遼に、土方の苛立ちはふつふつと募っていき、無意識に奥歯を噛みしめる。
遼に相対している男は土方には全く覚えのない人物であったが、だらしなく鼻の下を伸ばして喋る姿は、多少なり遼に気があるのだと感じさせるには十分だった。
(そもそも距離が近すぎんだよ)