第18章 情炎(土方裏)
そして、もう一つの日常。
灯りの点いた自宅が見え、自然と土方の顔が綻ぶ。
あの家の門をくぐり、扉を開ければ笑顔で迎えてくれる人がいる。
「ただいま」
声を掛けるものの、反応が無い。いつもなら、土方の帰りを待ち構えたように遼が出てくる筈だ。
何か有ったのかと身構え、息を詰めて家に上がり、気配を探る。
怪しい気配は無いが、それがより土方を不安にさせた。
刀をいつでも抜けるように気を張りながら居間の襖に手を掛けて、勢いをつけて開ける。
「え……!?」
スパンっと勢い良く開いた襖に驚いた遼と目が合い、土方は一瞬緊張したものの漸く肩の力を抜いた。
「何だ、ここに居たのか」
「えっ、十四郎さん?」
遼は時計に目をやり、更に驚く。
「嘘っ、もうこんな時間!?
ごっ、ごめんなさい、お迎えもせずに」
「いや、お前が無事だったらそれでいい」
ほっと息をついた土方が遼に触れようと手を伸ばすと、それを察した遼が逃げるように立ち上がり、その横をすり抜けた。
「お食事、用意してきます」
「んっ、あ、ああ」
土方は虚しく伸ばした手を降ろし、遼の後を追い台所に向かう。
台所では遼が既に仕度を始めており、慌ただしく動いていた。
「なぁ、遼」
「っあ、十四郎さん、ごめんなさい。お腹空いてますよね。後三十分くらい掛かるので、先にお酒とおつまみ用意しますね。あっ、そうだ、お風呂も──」
「遼」
捲したてるような遼の言葉を遮って、土方はその手首を掴んで引き寄せる。
「ちょっと落ち着け。どうしたんだ、何かおかしいぞ」
そう言って遼の顔を覗き込んだ土方は息を飲んだ。
遼の表情は明らかに強張っていて、引き結んだ唇は僅かに震えていた。加虐心を擽るその表情に、土方は一瞬よからぬ思いを抱きかけ、慌てて自制する。
「大丈夫か?」
黙って頷いた遼は、掴まれた手首をそっと外すと、いつものように笑ってみせた。
「すみません。今日はちょっとゆっくり過ごしたせいで、色々用意が出来てなくて。十四郎さんお疲れでしょうから、居間で休んで居て下さい」