第12章 期別(高杉夢)
「俺たちも若くねぇしな」
「失礼な。私はまだまだ若いんですけど」
「あはははは、金時は女の扱いを知らんき、しょうがないぜよ」
「生まれたときからデリカシー捨ててる奴に言われたくねぇよ」
「まったく貴様らはしょうもない話ばかり。ここは一応墓前だぞ」
やれやれと溜息をつく桂の表情は、言葉とは裏腹にどこか嬉しそうで、遼は胸の奥がざわつくのを感じて目を伏せた。
それに気付いた桂が、心配そうに遼の顔を覗き込む。
「どうした遼、大丈夫か?」
「うん。やっぱりここを、このままにしたくないなって、改めて思って」
「片付ける金もねぇから燃えたまんまだからな」
まるであの日から時を止めたように、松下村塾の跡には瓦礫が積み上がっていて、寄りつく人も居ない。
「私ね、松陽先生の記憶なんて殆ど無いけど、一つだけ覚えてる事があるの」
瓦礫の前に立ち、遼は空を見上げた。
「松陽先生が私を見て「未来そのものですね」って父さまに言ってたの。そうしたら、父さまが嬉しそうに「アンタの弟子たちもな」って。それから二人で、楽しそうに笑ってた」
まだ片手で足る程の年だったのに、遼の記憶に鮮明に焼き付いている。
「このままこの場所を、過去にしたくないの」
「したくないのって、どうすんだよ。カネならねぇぞ」
「そうぜよ。わしも陸奥に財布握られとるきに、はした金しか出てこんぜよ」
「俺も今は逃亡の身、協力出来ることはあまりないのだが」
「もうっ、みんなお金の事ばっかり。夢がないなぁ」
遼はポケットから御守りを取り出すと、それを高杉の墓標に供えて「ちょっと預かっててね」と言うと、桂の前に立つ。
「どうした?」
「いつか、ここに寺子屋を建てたら、ヅラに先生になって欲しいなって」
「アホか。誰が来るんだよそんなの」
「というか、ヅラに先生なんぞ出来るんか?」
「適任だと思うよ。ね、ヅラ?」
「ヅラじゃない桂だ。だがそうだな……そんな未来もいいかもしれんな」
ふっと笑みをこぼした桂に、遼は「いいアイデアでしょう」と胸を張る。
「だからみんな、長生きしてね」
「安心するぜよ。バカは殺しても死なんきに」
「そっくり返してやるよ」
「心配せずともコイツらは簡単に死ぬようなタマではない」