第7章 偶然か、必然か
「ちょ・・・!何で泣くんだよ!!」
『うっ、ひぐ………ごめ、ごめん、とまんなくてっ』
涙をぬぐうその腕には、夢と同じく沢山の傷がついている。
(やっぱり、こんなことしてたんだ)
条件反射で軽く頭を撫でると、
愛衣は一瞬びくりと体をこわばらせて、その後すぐに肩の力を抜いた。
『お願い…もう少しこうしていて』
その震える声に、手に伝わってくる感覚に、
なんだか心の芯が震えるような気がして、気が付けば僕は愛衣を抱きしめていた。
長い時間そうしていると、まるで世界に二人だけになったみたいだった。
(このまま時が止まってしまえばいい)
そんなありふれたことを思っていると、
だんだん愛衣の震えがおさまってきて、
ゆっくり、抱きしめた腕を解く。
「もう、ごめんって言うのやめなよ」
『え?』
「ごめんは、こっちの方なんだ。今まで君を思い出せなかった。だけど、君に言われた言葉は、僕の心の奥に、溶けない氷みたいに残ってたんだよ。だから会いに来た。変な話でしょ」
愛衣は少しぽかんとして、それからまた、
夢で見たものと何ら変わりない表情をつくって見せた。
いまにも、ほろほろと崩れそうなその笑顔に、また胸が締め付けられる。
『よかった……』
「何が」
『こんなに背が高くなっても、何年も会えなくても、蛍くんは昔と変わってないんだ。ねえ、もう一度聞きたいことがあるの。言ってもいい?』
その質問も、答えも、僕は全てを知っていた。
『蛍くん、私が死んだら、泣いてくれる?』
「泣くよ、沢山泣く。だって、君が居なくなると、寂しいだろ」
変わってしまった僕に、あの頃のままの君。
その時、心の中の冷たい氷が、溶けだした気がした。