第9章 満月の夜
「アホか。その前にお前は真選組の隊士で、俺の補佐見習いだろうが」
土方は横目でチラと遼を見ると、くいと盃を傾けた。
遼は土方の言葉と視線にドキリとしながらも、その手から盃を奪い取る。
「明日も仕事でしょう?
飲みすぎは良くありませんって」
「あのなぁ、お前は俺の……」
言いかけて顔を背けた土方に、遼は首を傾げて「副長の何ですか?」と尋ねるが、土方は煙草を取り出し黙殺する。
「言いかけて止めないでくださいよ。もう」
些か大袈裟に溜め息を吐くと、土方は遼から盃を奪い、それになみなみと酒を注いだ。
「お前も呑め」
「は!?
いや、私お酒は……」
「何だと。上司の酒が呑めねぇのか?」
完全に据わった目で睨まれ、遼は躊躇いがちに盃を受け取る。
「これめちゃくちゃ度数高いんじゃ…」
少し嗅いだだけで、鼻の奥が痛くなり、遼は半泣きで土方を見やる。
「ま、28度ってトコだな」
「ばっ!」
思わず「馬鹿じゃないの」と叫びそうになるが、土方に睨まれ、ぐっと言葉を飲む。
「わかりました。呑みますよ。けど、どうなるか知りませんよ」
「呑んだことねぇのか。置屋に勤めてたんだろ?」
「そうですけど…私は姐さん達の護衛と勘定方が基本的な仕事でしたから…」
「通りで色気がねぇわけだな」
「あ、セクハラ」
「馬鹿な事言ってねぇでさっさと呑め」
再びデコピンを喰らわされ、遼は渋々杯に口をつけ、一気にそれを流し込んだ。
「ばっ!」
「っ!ケホっ」
喉が焼けるように熱くなり、遼は体を折ってむせる。
「一気に飲む奴があるか。ゆっくり呼吸してみろ」
土方は遼の背中を優しく擦りながら、湧き上がった感情に苦虫を噛み潰したような顔になる。
(…今日の俺はどうかしてる)
ちっ、と舌打ちすると、むせる遼から手を離した。
「あー、死ぬかと思った」
遼は目尻に溜った涙を拭い、キッと土方を睨みつける。
「一気に飲むなとかってアドバイスは、飲む前にしてください!」
「度数が高いつっただろうが。自業自得だよ」
「はぁっ?何ソレ、責任転嫁ですよ…っ!」
頭に血が上ったせいか、酔いが全身に回り、遼はぐらりと傾く。