第9章 満月の夜
月には魔力があるらしい。
だとしたら、この夜のことは、その魔力にあてられたせいだろう。
【満月の夜】
深夜、喉の渇きを覚えて目が醒めた遼は、寝間着のまま台所に向かっていた。
ふと空を見上げると、夜空に浮かぶのは無数の星と不思議なくらい真ん丸な月。
「夜なら、天人の船見えないんだ」
遮る物のない空は、故郷や京を思い起こさせて、胸が詰まった。
「約束、守れないかもしれないね」
「約束って何だよ?」
「へ?」
突然声を掛けられ、遼は飛び上がるほど驚き、声の主を探してキョロキョロと辺りを見回す。
「よぉ。こんな時間に何やってんだ?」
「ひっ、土方、副長…」
少し先に、寝間着姿で縁側に腰掛けている土方の姿を見つけ、遼は思わずたじろいだ。
「そんなにビビるなよ」
遼の様子に、土方はくつくつと喉を鳴らして笑うと、床を鳴らして見せる。
意図する事に気づき遼が顔をひきつらせると、土方は口許を歪ませ「こっちに来いよ」と自分の隣を示す。
断る術の無い遼は、恐る恐る土方に近付き、幾分か離れた所に腰を降ろす。
「オイ。何で離れてんだ。もっとこっちに来やがれ」
不機嫌な目に睨まれ、遼は渋々土方の指示に従う。
(な、何この緊張感?)
張りつめたような空気が流れ、遼は思わず息を飲む。
「別に取って喰やぁしねぇよ」
「それは、そうなんですけど…」
なるべく土方の方を見ないようにしながら、遼はそろりと腰の位置をずらす。
「逃げるな」
「ひゃっ」
いきなり肩を掴まれ引き寄せられて、遼は土方の胸に倒れこむ。
「わっ!酒臭っ!!」
思わず鼻を押さえる程強い酒の匂いに、遼は慌てて土方から離れた。
「ちょっ、どれだけ飲んだらこんなに臭くなるんですか!?」
「クセェって連呼すんじゃねぇ」
「いたっ!何もどつかなくても良いじゃないですか!」
デコピンを喰らわされ、遼は思いきり渋面を作り、唇を尖らせて「私一応女の子なんですけど」と小声で不満を漏らす。