第1章 銘酒と銘菓
「え、そんなに?」
『うん、買い占めるくらい気に入っちゃってさ。』
「じゃあ、越後と安土で商いが出来るんだね!」
『そう。今日は酒蔵と店主に話をつけてきたんだ。友好協定様々だって喜んでたよ。』
和やかな会話が弾む安土城の一室。
お茶のほろ苦い香りと甘い茶菓子の香りが混じり合う。
上杉謙信の右腕の忍びと信長の許嫁の姫は、仲良く昼下りのひとときを過ごしていた。
『それにしても… すごい部屋だね。』
「え、あ、そうかな。そうだね、無駄に広くて。」
改めて見回す部屋には、色鮮やかな反物や裁縫道具が揃っていた。
化粧鏡の前には、白粉と紅、簪を入れた木箱がのった文机。
綺麗に畳まれた着物と帯。
誰もが羨むような扱い、望めば何でも手に入る生活。
「もうちょっと小さな部屋でもいいんだけどね。」
姫は、申し訳なさそうに笑った。
『俺の部屋はこの半分くらいだよ。』
「そこでまきびし作ってるの?」
『いや、まきびしは城の工房があるからそこで。忍術の書物やワームホールの研究をしてる。』
「へぇ。」
『あさひさんは、ここで寝起きしてるの?』
「寝起きは… 天守なんだ。」
『あ、失礼。そりゃそうだよね。』
「ここは、私のプライベートルーム、かな。」
『なるほど! …でも、歴史ファンとしては安土城天守閣、一度伺ってみたいところ。』
「あはは、さすが佐助くん。でも、信長様と私の着物と沢山の書簡ばっかりだよ?」
『でも、一度は見てみたい!』
興奮ぎみに話し出す佐助に、あさひはけらけらと笑いながら答えた。
「じゃあ、家康の部屋とどっちか、だったらどうする?」
『!! …え、困ったな。』
佐助が本気で考えた矢先、勢いよく襖が開いた。
『家康の部屋は別として、天守なんてもっての他だ!』
『いや、俺の部屋も駄目だし。』
「あ、秀吉さん、家康!」
『秀吉公、家康公、お邪魔してます。』
『おい、佐助。我が主君の許嫁の姫君の部屋に、忍び込むとはいい度胸だな。』
『あんた、何してるの?』
あさひが今にも斬りかかりそうな二人に慌てて話始める。
「あ、えっとね。謙信様が、この間の宴で出した安土の銘酒を気に入ってくれて、越後で取引したいって。その為に来たんだよ。」