第2章 帰郷
強く優しい人はいつも笑顔だ。
そしていつも何かの犠牲になるのは強く優しい人達だ。
生き残るのは結局、私のような弱い人間だ。
「大丈夫。アオイならできるよ」
温かい手。
あぁ、これは夢だ。
鼻をくすぐる懐かしい香りに胸が締め付けられる。
幼い頃から何をするにも自分に自信がなかった私にそう言って、頭を撫でてくれた父と母の夢。
父と母は田舎で近所の人達を相手に小さな店を営んでいた。
決して楽な生活を送っていたわけではないけれど、記憶の中の2人はいつも笑っていた。
鬼がやって来る、その夜まで。
突然のことだった。
「頼む!アオイを安全な場所へ!!」
隣で寝ていたはずの父の叫び声で目が覚めた。
目の端には初めて見る異形の姿。そしてそれが父の身体に噛み付く瞬間。母の肩越しに父と目が合った。
暗闇の中で父は優しく微笑んだ。
直感的に感じた。きっとこれが父との最後だ。
「いや!お父さん!!」
悲鳴は声にならなかった。
母は私に金庫の中へ入るように促した。
「いやだ、お母さんは!?」
嫌がる私を押し込みながら母は笑った。
「生きて。アオイならきっと大丈夫」
嫌な音を立てて閉まっていく扉。
「ごめんね」
伸ばした手は冷たい扉に阻まれた。
真っ暗な世界で、その手に付いた生温かい母の血の感触を、私は今も覚えている。
近所の人が駆けつけた時、私は金庫の中で気を失っていたらしい。
あと少し発見が遅ければ、私も助かっていなかったと後になって聞いた。
「強盗か?いやだがあの2人の姿は、、、」
「それにしてもこの子は運が良かった」
青ざめた大人達の声で目を覚ました。
「あれは強盗なんかじゃなかった!人じゃなかった!アイツはお父さんを、、、!」
飛び起きて必死で訴えた。
けれど皆、私がおかしくなってしまったと思ったようだった。
父と母は近所の人が丁寧に弔ってくれていた。
私の中の2人は最期の時まで笑顔だ。
盛り上がった土を見ても涙は出なかった。
どうして笑えたの?
どうして大丈夫だなんて言うの?
どうして運が良かったなんて言えるの?
私はお父さん、お母さんと一緒に居たかったよ。
一緒に連れて行ってくれたら良かったのに。
「大丈夫?」
母に似た優しい声にハッとして振り向いた時、そこに居たのはカナエ様だった。