第4章 わっしょい
「稀血……」
しのぶに言われた言葉を、咲は口の中で小さく繰り返した。
それから、ふと思い出して言った。
「そうだ……あの鬼も確か、お前はマレチだ、と言っていました……。そうか、そういうことだったんですね。あれは稀血という意味だったんだ……」
じわりと涙が浮かんできた咲の目元を、しのぶが羽織の袖から取り出したハンカチで優しく拭ってくれる。
「鬼はなぜか、藤の花の匂いをとても嫌います。ですから咲さん、これからは私の作ったこの藤の花の香水を常につけていてくださいね。そうすれば、鬼は貴女に近づくことができませんから」
そう言ってしのぶは、薄紫色の液体の入った小瓶を咲の手に握らせると、そっとその手を両手で包み込んだ。
しっとりとした滑らかな手に触れて、咲は母の手を思い出し鼻の奥がツンと痛くなる。
「それにしても、それほど強い血を持ちながら、今まで鬼に襲われなかったのは不思議ですね……」
首を傾げたしのぶに、咲はハッとあることに気がついた。
そう言えば家の庭には、昔から大きな藤の木が植わっていた。
だが、一家が鬼に襲われる数日前に、「あまりにも古く、倒れてしまう恐れがあり危ないから」と言って切ってしまったのだ。
きっと、その藤の花が無くなったから、家に鬼が入ってきてしまったのだろう。
「木が倒れて、万が一咲が怪我をしたら大変だ」
と、気遣ってくれた祖父の思いがこんな形で仇になろうとは……。
それを しのぶに伝えると、「なるほど、そういうことでしたか」と、彼女は合点がいったように頷いたのだった。